NEWS - 2025.07.03
日韓をつなぐアートフェアの仕掛け人 ─PLAS Art Fair ディレクターが見つめる市場の現在地─

2025年7月、グランキューブ大阪(大阪府立国際会議場)にて、立体芸術に特化した国際アートフェア『Study x PLAS: Asia Art Fair』が初開催されます。ソウル発の「造形アートソウル(PLAS)」と大阪拠点の「Study」がタッグを組み、日韓国交正常化60周年の節目に日本で初めて共同開催する本フェアでは、韓国からは40を超えるギャラリーと100名を超える作家が参加いたします。大型インスタレーションや体験型ワークショップ、セミナーなど多彩なプログラムを通じ、来場者は立体作品の新たな魅力を心ゆくまで体感できます。今回はPLAS代表シン・ジュンウォン氏に、これまでのPLASとしての歩みや日本進出にかける想い、そして今後の展開についてのビジョンを伺いました。
1. ご経歴とPLASについて
▷これまで韓国のアートマーケットを中心にご活躍され、韓国美術市場の発展に大きく寄与されてきたと存じます。改めてこれまでのご経歴と、美術業界に入られたきっかけについてお聞かせいただけますでしょうか。
美術業界に足を踏み入れたのは、聴覚障害を持つ兄の存在と、母が1987年に江南で開廊したチョンジャク画廊がきっかけです。
母は、兄を一般校に通わせることで口語を学ばせると同時に、美術という言語で世界とつながらせたいと考え、兄はその後、彫刻を専攻し、博士号を取得しました。母は兄の制作活動を支えるために画廊を立ち上げ、週末になると、私は母に連れられ、展示設営や撤収を手伝っていました。兄の苦労を目の当たりにしながら、展示会や芸術の裏側を自然に学びました。
大学では経営学を、大学院では経済学を学び、卒業後は一般企業に勤務しましたが、母の引退を機に2009年頃から画廊運営を本格的に引き継ぎました。兄の作品を支える日々を通じ、「アートは鑑賞対象ではなく、人生を賭けた労働なのだ」と痛感しました。
▷PLASは、どのような経緯で設立に至ったのでしょうか。
転機は2012年、スイス・Art Baselの「Unlimited」セクションを現地で見たときです。大型インスタレーションが鑑賞者と物理的に交わ空間と彫刻作品の圧倒的な迫力、存在感に衝撃を受け、「なぜ韓国にはこうした場がないのか」と考えました。それが、PLASの出発点です。
当初は同じ規模の展示を実現するのに10年はかかると思いました。まずは会場選びから始め、ソウル中の展示スペースを比較検討し、交通アクセスや搬入動線、設置条件などを踏まえ、COEXを会場に定め、2016年にPLASを正式にスタートさせました。
当初、絵画中心の韓国美術市場で立体作品を前面に押し出すアートフェアが成立するか懐疑的な声も多くありましたが、それでも最初の一歩を踏み出しました。初年度は投資資金の大半を失いましたが、体験型展示や大型インスタレーション、子供向けワークショップなど、自分がやりたかった企画をすべて詰め込み、立体芸術の豊かさと可能性を来場者に示すことができたと思います。
▷現在も成長を続けているPLASの理念と目標について教えていただけますか。
PLASが最も大切にしていることの一つに、すべての参加ギャラリーに必ず1名以上の造形作家の作品を展示してもらうという運営原則があります。これは立体芸術を中心とするPLASのアイデンティティを明確に示す、独自の運営原則であり、他のアートフェアとの差別化を図る上で重要な基準となっています。
韓国の美術市場は依然として平面作品に偏りがちで、立体作品は輸送や設置の制約、高いコストがボトルネックとなり、展示機会が限られてしまいがちです。このような構造の中で、造形作家は自身の作品を発表する場を十分に確保できず、創作活動の継続自体が難しくなるという課題に直面しています。
PLASは、このような課題に対し、立体作品が市場に継続的に露出・流通できるエコシステムの構築が重要であると考えました。一定の割合で立体作品の展示を義務づけることで、造形作家の持続的な創作活動を実質的に支援しています。
さらに国内にとどまらず、カナダのArt Vancouver、台湾のOne Art Taipeiとブース交換を行い、2026年にはアメリカ・ロサンゼルスのアートフェアとの連携も進行中です。こうした国際的な協力は、造形作家がPLASを通じて海外市場に進出し、グローバルなアートシーンで安定的に紹介される循環を生み出す重要な取り組みとして考えています。
2. 日韓国交正常化60周年を迎え、日本でアートフェアを開催する意義
▷Study x PLAS: Asia Art Fairについて、また今回の日本開催が実現した経緯についてもお聞かせください。
Study x PLAS: Asia Art Fairは、ソウルのPLASと大阪を拠点とする新進アートプラットフォーム「Study」が共同主催する国際アートフェアです。日韓の立体アートを中心とした交流を拡張するための新たな試みであり、本プロジェクトはPLASがこれまで積み重ねてきた海外交流の延長線上にあります。
PLASはこれまで、台湾のOne Art Taipeiとのブース交換による連携を通じて、海外交流を重ね、その過程で日本のギャラリーとも接点が生まれました。日本のアートマーケットに対する関心は、継続的な対話を通じてより具体化し、2023年12月には大阪のStudyアートフェアに参加しました。Study代表の鈴木さんと出会い、翌年の2024年にはPLASの展示会にStudyを招待し、日韓のアート交流に関する議論をさらに深めました。
こうした相互交流を重ねるうちに、日韓の立体アート交流の場を共同で立ち上げる機運が高まりました。さらに韓国文化体育観光部主催の国内アートフェア海外進出支援事業からの予算支援を受けることが決定したことで、プロジェクトが具体化しました。
2025年の大阪・関西万博や大阪関西国際芸術祭の開催、そして日韓国交正常化60周年という歴史的節目が重なる絶好のタイミングを捉え、大阪での開催に至りました。国内外からの注目が高まりや本アートフェアが単なる展示の場にとどまらず、日韓間の文化・芸術交流を深めるための最適な舞台になると期待しています。
▷日韓国交正常化60周年を迎え、両国の美術関係者が一堂に会する本イベントは、両国にとって大きな意味があると考えます。今回のアートフェアを準備するにあたって、特に意識された点があれば教えてください。
60周年という歴史的節目の年に開催するアートフェアを単なる記念行事に終わらせず、持続可能な交流につなげることを重視しました。政府関係者や報道関係者、コレクター、アート関係者など多様なステークホルダーを幅ひろく招待し、日本の美術関係者と韓国からの訪問者が直接意見交換できるネットワーキングの場を複数設けています。両国の業界関係者が一堂に会する機会は稀だからこそ、業界関係者に限らず一般来場者に向けても門戸を開くことで、文化外交の側面も担う新たなプラットフォームにしたいと考えました。
▷両国のアーティスト同士の関係性やコレクター間の交流を広げる構成として、具体的にどのようなポイントを意識されましたか。
韓国の現代美術を多角的に紹介することを最も意識しました。まず出品作品の約8割を韓国人作家の作品に充て、多くの作家に来場してもらう予定です。来場者が作家から直接制作背景や意図を聞ける場を多数設定し、鑑賞を超えたより深い対話を促します。
また、日本での韓国ドラマ人気や韓国カルチャーへの関心を踏まえ、女優ハ・ジウォンさんの絵画特別展も企画しました。ご本人にも会場でトークをしていただくことで、大衆性と芸術性を両立した展覧会を実現し、韓国アートへの関心を広げる契機となることを目指しています。
さらに7月20日夜には、アーティストやコレクター、文化関係者が一堂に会するレセプションを開催し、持続的なネットワークの構築や両国間の文化的理解の深化につながることを期待しています。
3. 韓国のアートマーケットについてプロフェッショナルが持つ視座
昨年、自社初の海外下見会を韓国・ソウルで開催するなど、当社にとっても韓国は重要な場所のひとつです。そこで、長年韓国の美術市場を見てこられた立場からお話を伺います。
▷韓国のマーケットの特徴と、アーティストやギャラリーへの影響について教えてください。
韓国美術市場の最大の特徴は、急速かつ大衆主導型で成長している点です。ほんの数年前までは、アートは富裕層や専門家向けのものとして見られていました。しかし、近年の海外旅行の一般化に伴い、多くの旅行者が旅先で美術館を訪れるようになり、その体験を通じてアートと接点が徐々に増えていきました。たとえばフランスに行けばルーブル美術館を訪れるように、文化・芸術的な体験が日常化したことで、アートに対する心理的なハードルが下がり、その関心が次第に国内のアートマーケットへと向かうようになりました。
「家に絵を飾りたい」という新しい大衆的ニーズの形成やその高まりは、作家やギャラリーの活動にも大きな影響を与えています。ギャラリーは10万円以下、100万円台、1,000万円以上など、コレクターの購買力に応じた作家を選定するため、価格帯ごとにポートフォリオを戦略的に構築しています。これらの動きにより、市場はより専門化・細分化していく傾向が顕著になってきています。
このような構造的変化は、結果として市場基盤を強化し、長期的な安定性と持続性を高めていると考えられます。ヨーロッパにおいては、数百年にわたる文化的土壌の上に現在のアートマーケットの体制が築かれてきましたが、韓国は戦争と再建という近現代史の断絶を経て、わずか数十年でここまで急速にアートマーケットを成長させてきた点において、注目すべき動きであると感じています。
▷コレクターも国によって違いがあるかと思いますが、韓国のコレクターの特徴や購買スタイルの傾向、印象的なエピソードを教えてください。
あくまで個人的な観察に基づく意見ではありますが、韓国のコレクターは、トレンド感度が非常に高く、特にコロナ禍以降は20〜30代の若いコレクターが台頭しました。
また同時期には、美術品を単なる鑑賞対象としての枠を超え資産として捉え、将来的な価値の上昇を見込んで収集する「アートテック(Art-Tech)」という概念が広まり始めました。アートテックとは、アートと投資を組み合わせた造語で、韓国では比較的早い段階で一般層にも浸透した新しい消費スタイルです。2021年に元サムソングループ会長李健熙さんが自身の大規模な美術品コレクションを国に寄贈したという報道が追い風となり、美術品が経済的価値を持つ投資資産として認識されるようになったと考えられます。
実際、人気作家の作品は展覧会の開始と同時に完売するケースが相次いでいます。印象深い例として、2022年のPLAS展で、朝7時から並び作品を購入されたコレクターの方の熱意を今でも鮮明に覚えています。
▷最近の韓国の美術市場において、価格帯の変化や人気なアーティストの傾向について、特に顕著だと感じる点があれば教えてください。もし近年急激に評価が高まった作家がいる場合、その変化の背景について、どのように考えられていらっしゃいますか。
近年の韓国美術市場では、20〜30代の若いコレクターの影響力が著しく高まっています。彼らが注目する作家は、短期間で急速に市場での評価を高め、鑑賞目的だけでなく投資の観点からも作品を選ぶ傾向が強く見られます。その結果、市場において、安定した高い需要と価値を保つアーティスト層が形成されつつあります。例えば、長期的に安定した評価を得るユン・ヒョングンさんやパク・ソボさんのような単色画の巨匠作家は、信頼資産として支持される一方、SNSを駆使して市場反応を素早く得る若手作家は、流通スピードが速く、将来性のある成長株として注目されています。
SNSを活用したプロモーションや観客との直接的な交流が国内外への市場拡大において決定的な役割を果たしており、デジタル基盤のコミュニケーションが海外ギャラリーとの接点づくりにも大きく貢献しています。こうした形での海外進出は、作家が国内市場においても安定的な地位を築く上で、極めて重要な要因となっています。
例えば、今回の Study x PLAS: Asia Art Fair に参加するビビ・チョさんは、韓国国内での高い人気と評価を得ており、パリのギャラリーと専属契約を結んで活動しています。台湾のArt TaipeiやパリのAsia Nowでの展示を通じて、国際的な評価を着実に高めています。
このような動きは、韓国国内のコレクターによる継続的な投資と関心が、有望なアーティストを国際舞台へと押し上げる原動力となっており、海外での評価は再び国内マーケットでの信頼と安定性につながるという好循環を生み出していると考えられます。
▷国際アートフェアFriezeの進出は、韓国の美術市場に大きな影響を与えたと思いますか。実際に感じた変化や印象的なお話があればお聞かせください。
Friezeの韓国美術市場への進出は、単なるグローバルブランドのアートフェアの参入にとどまらず、韓国の美術市場の地位を転換させた重要な契機であったと考えています。
それ以前は、KIAFが韓国を代表するアートフェアでしたが、参加ギャラリーのほとんどをアジア圏のギャラリーが占めており、韓国の現代美術を欧米市場に紹介するには限界がありました。しかし、Frieze SeoulがKIAFと共同開催されるようになってからは、国際的な大手ギャラリーが多数参加し、欧州や北米のコレクターがソウルを訪れるようになり、国際的なアート流通の一翼を担う存在として認識され始めました。
特に印象的だったのは、Friezeの運営方式を通じて、国内のギャラリーやアートフェアがグローバル・スタンダードを急速に取り入れる傾向が出てきた点です。展示企画の完成度、VIPプログラムの構成、作品紹介のスタイルなど、あらゆる面においてグロバルマーケットを意識した専門性と体系性が導入され、韓国の美術市場の成を強く促しました。
また、コレクター層にも明確な変化が見られ、Frieze Seoul開催以降、既存の国内コレクターだけでなく、欧米の主要なコレクターが韓国を訪れる機会が急増しています。
これらの一連の動きは、作家、ギャラリー、文化機関のすべてに新たなチャンスや挑戦をもたらしており、韓国の美術市場がローカルマーケットではなく、グローバルマーケットの一部としての性格を備えるプロセスだと感じています。
▷アートウィークを取り巻く雰囲気や熱気は、韓国と日本でかなり異なる印象を受けます。韓国のアートウィークを生み出した文化的、もしくは制度的な背景などはあるのでしょうか。
韓国と日本のアートウィークには、明確な温度差があります。韓国ではアートフェアやアートウィークが文化イベントとして消費される傾向が強く、都市全体が一大フェスティバルのように賑わいます。一方、日本では静かで洗練された鑑賞体験が好まれる傾向があり、作品そのものに集中する美術文化が根付いています。これは、単なる運営スタイルの差というより、両国の文化消費のあり方そのものに起因する構造的な違いだと考えます。
例えばArt Basel Miami Beachでは、12月の1か月間で20~30のアートフェアが同時開催され、昼は作品鑑賞、夜はネットワーキングイベントやパーティーが開かれるなど、アートが日常生活と一体化したフェスティバルとして機能します。
韓国のアートウィークもこれに似た方向へと進化しており、美術鑑賞だけではなく、ライフスタイルと結びつけた文化的体験として拡張している点が特徴的です。
PLASでは、展示鑑賞だけにとどまらず、来場者が会場の館内外の書店や映画館、レストランを巡って一日を過ごす都市型ライフスタイルが自然と根付きつつあります。これは、急速な都市化と高いコンテンツ消費意欲、SNSを通じた情報拡散力が相まった結果です。
また、KIAFのアートウィーク期間中のアートナイトプログラムは、一般来場者向けにギャラリーを夜間開放し、飲食を交えながら自由に交流できるコミュニティ型イベントとして定着しています。
こうした取り組みは、アートそのものよりもアートを中心とした総合的な文化体験を提供し、短期的な集客を超えて消費層の裾野を広げ、アクセスのハードルを下げる効果を生んでいると感じています。
4. Study x PLAS: Asia Art Fairについて
▷今回の開催にあたり、ご苦労された点や印象的なエピソードなどはありますか。
海外でのアートフェアには想定外の難題がつきものですが、今回は韓国と日本の法制度や通関手続の違いが最大の課題でした。特に、関税・保険・契約書条項の解釈にズレが生じ、一時はスムーズに進行しない場面もありました。
輸送面では、日本側の通関手続や法的要件が韓国側と異なっていたため、意味を正確に理解するまでに時間を要しました。しかし、日韓それぞれの実務チームが密に協議を重ね、最終的には齟齬なく調整することができました。
特に印象的だったのは、契約書の確認中に起こった出来事で、反社会的勢力の排除条項の必要性が韓国側には馴染みが無く、「なぜこのような内容が必要なのか」と一時的に戸惑いが生じたことです。その後、日本の法的・社会的背景について丁寧な説明を受け、その意図を理解することができました。今思えば、これは文化的な違いに起因する貴重な経験であったと感じています。
両者が互いの違いを尊重しながら円滑にコミュニケーションを図ることができたと感じており、最終的に両陣営の信頼関係が強まりました。PLASとStudyはそれぞれ韓国と日本で新しい潮流を生み出しているプラットフォームであり、共通の問題意識と協業に対する意欲が非常にうまく噛み合ったことが、全体の準備プロセスをむしろ楽しく、そして有意義なものにしてくれたと実感しています。
▷日本のギャラリーの参加はもちろんですが、従来のアートフェアと比べたStudy x PLAS: Asia Art Fairの違いは何ですか?
本フェアの最大の差別化ポイントは、日本国内では類を見ない規模で韓国の現代美術を集中的に体験できる貴重な機会であるという点です。40を超える韓国ギャラリーと100名以上の韓国人作家が一堂に会する規模と、多彩なプログラム構成がポイントとなり、来場者には展示を「観る」だけでなく、作家本人と直接対話し、作品の背景や制作意図を深く理解する機会が設けられ、また、韓国と日本の現代アートを立体的に比較できます。
会場の梅田スカイビル10階では、日韓交流特別展とともに、女優ハ・ジウォンさんの絵画特別展、12階ではセミナーやアーティストトークを開催予定で、両国のアートの潮流をより深く体感できる場となるよう構成しています。鑑賞と学び、交流を同時に体験できる構成とすることで、両国の文化交流のプラットフォームとしての役割を果たし、従来のフェアと一線を画しています。
▷開催が迫ってきていますが、来場者に注目してほしいポイントや楽しみにされていらっしゃるポイントを教えてください。また、シン様が特に気になっている作家さんがいらっしゃいましたら教えていただけますでしょうか。
Study x PLAS: Asia Art Fairは、7月20日より大阪国際コンベンションセンターにて開催され、来場者の皆様により立体的で多層的に現代アートを体験していただけるよう、会場全体をフロアごとに機能別で分けました。
会場は、3階の主要ギャラリーブース、10階の企画展スペース、12階のセミナーやアーティストトークを開催する知的交流スペースに分かれています。特に3階で紹介される作家たちの個性やメディアの多様性は、来場者の皆様にぜひ注目していただきたいポイントです。
例えば、ペク・ジョンウンさんは、ガラスを用いて日常の物や感情を新たな視点で解釈し、透明性と強度という相反する特性を通じて、観る人に感覚的な旅を提供するような作品が特徴的です。
イ・ギラさんは、細いワイヤーを一本一本手で編み込んで立体的な風景を表現しており、絵画と彫刻の境界を行き来する非常に独創的な造形言語として評価されています。
多様な素材や表現方法に触れながら、作品鑑賞にとどまらず、作家と直接対話を重ねることで彼らの世界観を深く知ることができ、生きたアート体験の場となると考えています。展示全体を通して一つの流れとして鑑賞しながら、韓国と日本の現代アートの共通点や違いも感じていただけるかと思います。
5. 国境を越える協業について
▷今後、韓国と日本にとどまらず、アジアの美術市場全体の活性化に向け、どのような連携や協力が必要だとお考えですか。また、共に考えるべき課題には何があると思われますか。
アジアの美術市場全体の活性化に向けて、単発のイベントを越え、定期的な共同キュレーションや共同ブース運営、アート教育プログラムとの連携がカギとなると考えています。また、アートの社会的・文化的価値について共通認識を形成・発信するための対話を継続することが重要です。アートを市場的価値だけで見るのではなく、社会と結びついた文脈の中でどのように機能し得るのかを共に議論するプロセスは、地域の違いを越えた真の協力の土台になると信じています。
それらを実現するためには、具体的な目標を設定し、毎年検証と改善を繰り返すサイクルを確立しなければ、どれほど優れたイベントであっても、協業は一過性に終わってしまいます。お互いが継続的に何を共に成し遂げていくのかを考え続ける姿勢と努力も真の連携を生むと思います。今回のフェアには台湾ギャラリーの参加も得られたことで、韓国・日本・台湾を結ぶ連携の基盤が築かれたと考えています。今後もこのような実質的な交流を通じて、アジアのアートマーケットがより強く連携し、堅固なネットワークが構築されていくことを期待しています。
▷国際的なアートフェアとパートナーシップを結ばれていらっしゃるかと思いますが、美術の社会的価値について、何か心がけていることはございますか。
国際アートフェアとのパートナーシップは、出展機会の確保にとどまらず、韓国作家が持続的に海外へ進出するルートを築く役割を担っていると考えています。こうした取り組みは、市場の拡大や販売機会の獲得を超え、韓国のアートが世界の中でいかに社会的・文化的な地位を確立していけるかという、企画者としての根本的な問いとも密接に結びついています。
私自身は、いつか韓国からもフェルナンド・ボテロさんやデヴィッド・ゲルシュタインさんのように、世界的な大衆性と象徴性を兼ね備えたアーティストが誕生することを願っています。音楽グループのBTSが世界の音楽マーケットにおける韓国文化の象徴となったように、アートの分野においても、世界中に多くの感動と刺激を与えられる韓国人アーティストの登場やその活躍の姿を見たいですね。
そのような芸術家の登場は、芸術を志す子どもたちに希望を与え、美術という分野への社会的関心と尊敬を高め、文化消費の裾野を広げる効果をもたらします。ひいては、韓国美術市場全体の信頼性や規模の拡大にも大きく貢献することになると信じています。
私たちが国際アートフェアとの連携を継続し、多様な交流を積極的に推進する背景には、韓国作家による海外進出の支援と韓国美術が持つ社会的な価値と象徴性そのものを世界に広げていきたいという思いが根底にあります。
▷今回Study x PLAS: Asia Art Fairを通じて、日本進出を実現されましたが、今後、PLASとして海外進出や他国との連携も継続的に推進していくご予定でしょうか。
はい。今回の日本市場進出はPLASにとって大きな転機であり、今後も既存のパートナーシップを深化させながらネットワークを拡大していきます。
現在、台湾のOne Art Taipei、カナダのArt Vancouver、日本のStudyとはブース交換や共同企画、アーティスト交流プログラムなどを通じた実質的な協業関係を築いています。加えて、今年9月にはインドで初開催されるアートフェアに出展を予定しており、南アジア市場との連携を本格化させる第一歩と捉えています。さらに、2026年にはロサンゼルスでの協業も視野に入れ、北米市場との連携も戦略的に強化していく予定です。
このように、PLASは、韓国の立体芸術を軸にしたグローバルな美術エコシステムを構築し、それらを世界に広げていくプラットフォームとしての成長を目指しています。今後も各国のアートフェアとの継続的なパートナーシップを通して、韓国作家の海外進出を後押しし、東アジアを越えたグローバルなアートエコシステムにおける中心的な役割を果たしていきたいと考えています。
6. 貴社の紹介に関して
▷本記事に併せてご紹介したい貴社のサービスやウェブサイトのリンク、あるいは近日発表予定のニュースがあればお知らせください。
PLASは2025年に10周年を迎え、今年5月にはソウルのCOEXにて盛況のうちに開催されました。7月には日本・大阪での開催を通じて、アジア美術市場とのさらなる広がりを模索しています。今後も、韓国の彫形芸術の国際的地位をより一層高めていく予定です。
ウェブサイト: https://artspoon.io/web/plas
Instagram: @plasartshow
1. ご経歴とPLASについて
▷これまで韓国のアートマーケットを中心にご活躍され、韓国美術市場の発展に大きく寄与されてきたと存じます。改めてこれまでのご経歴と、美術業界に入られたきっかけについてお聞かせいただけますでしょうか。
美術業界に足を踏み入れたのは、聴覚障害を持つ兄の存在と、母が1987年に江南で開廊したチョンジャク画廊がきっかけです。
母は、兄を一般校に通わせることで口語を学ばせると同時に、美術という言語で世界とつながらせたいと考え、兄はその後、彫刻を専攻し、博士号を取得しました。母は兄の制作活動を支えるために画廊を立ち上げ、週末になると、私は母に連れられ、展示設営や撤収を手伝っていました。兄の苦労を目の当たりにしながら、展示会や芸術の裏側を自然に学びました。
大学では経営学を、大学院では経済学を学び、卒業後は一般企業に勤務しましたが、母の引退を機に2009年頃から画廊運営を本格的に引き継ぎました。兄の作品を支える日々を通じ、「アートは鑑賞対象ではなく、人生を賭けた労働なのだ」と痛感しました。
▷PLASは、どのような経緯で設立に至ったのでしょうか。
転機は2012年、スイス・Art Baselの「Unlimited」セクションを現地で見たときです。大型インスタレーションが鑑賞者と物理的に交わ空間と彫刻作品の圧倒的な迫力、存在感に衝撃を受け、「なぜ韓国にはこうした場がないのか」と考えました。それが、PLASの出発点です。
当初は同じ規模の展示を実現するのに10年はかかると思いました。まずは会場選びから始め、ソウル中の展示スペースを比較検討し、交通アクセスや搬入動線、設置条件などを踏まえ、COEXを会場に定め、2016年にPLASを正式にスタートさせました。
当初、絵画中心の韓国美術市場で立体作品を前面に押し出すアートフェアが成立するか懐疑的な声も多くありましたが、それでも最初の一歩を踏み出しました。初年度は投資資金の大半を失いましたが、体験型展示や大型インスタレーション、子供向けワークショップなど、自分がやりたかった企画をすべて詰め込み、立体芸術の豊かさと可能性を来場者に示すことができたと思います。
▷現在も成長を続けているPLASの理念と目標について教えていただけますか。
PLASが最も大切にしていることの一つに、すべての参加ギャラリーに必ず1名以上の造形作家の作品を展示してもらうという運営原則があります。これは立体芸術を中心とするPLASのアイデンティティを明確に示す、独自の運営原則であり、他のアートフェアとの差別化を図る上で重要な基準となっています。
韓国の美術市場は依然として平面作品に偏りがちで、立体作品は輸送や設置の制約、高いコストがボトルネックとなり、展示機会が限られてしまいがちです。このような構造の中で、造形作家は自身の作品を発表する場を十分に確保できず、創作活動の継続自体が難しくなるという課題に直面しています。
PLASは、このような課題に対し、立体作品が市場に継続的に露出・流通できるエコシステムの構築が重要であると考えました。一定の割合で立体作品の展示を義務づけることで、造形作家の持続的な創作活動を実質的に支援しています。
さらに国内にとどまらず、カナダのArt Vancouver、台湾のOne Art Taipeiとブース交換を行い、2026年にはアメリカ・ロサンゼルスのアートフェアとの連携も進行中です。こうした国際的な協力は、造形作家がPLASを通じて海外市場に進出し、グローバルなアートシーンで安定的に紹介される循環を生み出す重要な取り組みとして考えています。
2. 日韓国交正常化60周年を迎え、日本でアートフェアを開催する意義
▷Study x PLAS: Asia Art Fairについて、また今回の日本開催が実現した経緯についてもお聞かせください。
Study x PLAS: Asia Art Fairは、ソウルのPLASと大阪を拠点とする新進アートプラットフォーム「Study」が共同主催する国際アートフェアです。日韓の立体アートを中心とした交流を拡張するための新たな試みであり、本プロジェクトはPLASがこれまで積み重ねてきた海外交流の延長線上にあります。
PLASはこれまで、台湾のOne Art Taipeiとのブース交換による連携を通じて、海外交流を重ね、その過程で日本のギャラリーとも接点が生まれました。日本のアートマーケットに対する関心は、継続的な対話を通じてより具体化し、2023年12月には大阪のStudyアートフェアに参加しました。Study代表の鈴木さんと出会い、翌年の2024年にはPLASの展示会にStudyを招待し、日韓のアート交流に関する議論をさらに深めました。
こうした相互交流を重ねるうちに、日韓の立体アート交流の場を共同で立ち上げる機運が高まりました。さらに韓国文化体育観光部主催の国内アートフェア海外進出支援事業からの予算支援を受けることが決定したことで、プロジェクトが具体化しました。
2025年の大阪・関西万博や大阪関西国際芸術祭の開催、そして日韓国交正常化60周年という歴史的節目が重なる絶好のタイミングを捉え、大阪での開催に至りました。国内外からの注目が高まりや本アートフェアが単なる展示の場にとどまらず、日韓間の文化・芸術交流を深めるための最適な舞台になると期待しています。
▷日韓国交正常化60周年を迎え、両国の美術関係者が一堂に会する本イベントは、両国にとって大きな意味があると考えます。今回のアートフェアを準備するにあたって、特に意識された点があれば教えてください。
60周年という歴史的節目の年に開催するアートフェアを単なる記念行事に終わらせず、持続可能な交流につなげることを重視しました。政府関係者や報道関係者、コレクター、アート関係者など多様なステークホルダーを幅ひろく招待し、日本の美術関係者と韓国からの訪問者が直接意見交換できるネットワーキングの場を複数設けています。両国の業界関係者が一堂に会する機会は稀だからこそ、業界関係者に限らず一般来場者に向けても門戸を開くことで、文化外交の側面も担う新たなプラットフォームにしたいと考えました。
▷両国のアーティスト同士の関係性やコレクター間の交流を広げる構成として、具体的にどのようなポイントを意識されましたか。
韓国の現代美術を多角的に紹介することを最も意識しました。まず出品作品の約8割を韓国人作家の作品に充て、多くの作家に来場してもらう予定です。来場者が作家から直接制作背景や意図を聞ける場を多数設定し、鑑賞を超えたより深い対話を促します。
また、日本での韓国ドラマ人気や韓国カルチャーへの関心を踏まえ、女優ハ・ジウォンさんの絵画特別展も企画しました。ご本人にも会場でトークをしていただくことで、大衆性と芸術性を両立した展覧会を実現し、韓国アートへの関心を広げる契機となることを目指しています。
さらに7月20日夜には、アーティストやコレクター、文化関係者が一堂に会するレセプションを開催し、持続的なネットワークの構築や両国間の文化的理解の深化につながることを期待しています。
3. 韓国のアートマーケットについてプロフェッショナルが持つ視座
昨年、自社初の海外下見会を韓国・ソウルで開催するなど、当社にとっても韓国は重要な場所のひとつです。そこで、長年韓国の美術市場を見てこられた立場からお話を伺います。
▷韓国のマーケットの特徴と、アーティストやギャラリーへの影響について教えてください。
韓国美術市場の最大の特徴は、急速かつ大衆主導型で成長している点です。ほんの数年前までは、アートは富裕層や専門家向けのものとして見られていました。しかし、近年の海外旅行の一般化に伴い、多くの旅行者が旅先で美術館を訪れるようになり、その体験を通じてアートと接点が徐々に増えていきました。たとえばフランスに行けばルーブル美術館を訪れるように、文化・芸術的な体験が日常化したことで、アートに対する心理的なハードルが下がり、その関心が次第に国内のアートマーケットへと向かうようになりました。
「家に絵を飾りたい」という新しい大衆的ニーズの形成やその高まりは、作家やギャラリーの活動にも大きな影響を与えています。ギャラリーは10万円以下、100万円台、1,000万円以上など、コレクターの購買力に応じた作家を選定するため、価格帯ごとにポートフォリオを戦略的に構築しています。これらの動きにより、市場はより専門化・細分化していく傾向が顕著になってきています。
このような構造的変化は、結果として市場基盤を強化し、長期的な安定性と持続性を高めていると考えられます。ヨーロッパにおいては、数百年にわたる文化的土壌の上に現在のアートマーケットの体制が築かれてきましたが、韓国は戦争と再建という近現代史の断絶を経て、わずか数十年でここまで急速にアートマーケットを成長させてきた点において、注目すべき動きであると感じています。
▷コレクターも国によって違いがあるかと思いますが、韓国のコレクターの特徴や購買スタイルの傾向、印象的なエピソードを教えてください。
あくまで個人的な観察に基づく意見ではありますが、韓国のコレクターは、トレンド感度が非常に高く、特にコロナ禍以降は20〜30代の若いコレクターが台頭しました。
また同時期には、美術品を単なる鑑賞対象としての枠を超え資産として捉え、将来的な価値の上昇を見込んで収集する「アートテック(Art-Tech)」という概念が広まり始めました。アートテックとは、アートと投資を組み合わせた造語で、韓国では比較的早い段階で一般層にも浸透した新しい消費スタイルです。2021年に元サムソングループ会長李健熙さんが自身の大規模な美術品コレクションを国に寄贈したという報道が追い風となり、美術品が経済的価値を持つ投資資産として認識されるようになったと考えられます。
実際、人気作家の作品は展覧会の開始と同時に完売するケースが相次いでいます。印象深い例として、2022年のPLAS展で、朝7時から並び作品を購入されたコレクターの方の熱意を今でも鮮明に覚えています。
▷最近の韓国の美術市場において、価格帯の変化や人気なアーティストの傾向について、特に顕著だと感じる点があれば教えてください。もし近年急激に評価が高まった作家がいる場合、その変化の背景について、どのように考えられていらっしゃいますか。
近年の韓国美術市場では、20〜30代の若いコレクターの影響力が著しく高まっています。彼らが注目する作家は、短期間で急速に市場での評価を高め、鑑賞目的だけでなく投資の観点からも作品を選ぶ傾向が強く見られます。その結果、市場において、安定した高い需要と価値を保つアーティスト層が形成されつつあります。例えば、長期的に安定した評価を得るユン・ヒョングンさんやパク・ソボさんのような単色画の巨匠作家は、信頼資産として支持される一方、SNSを駆使して市場反応を素早く得る若手作家は、流通スピードが速く、将来性のある成長株として注目されています。
SNSを活用したプロモーションや観客との直接的な交流が国内外への市場拡大において決定的な役割を果たしており、デジタル基盤のコミュニケーションが海外ギャラリーとの接点づくりにも大きく貢献しています。こうした形での海外進出は、作家が国内市場においても安定的な地位を築く上で、極めて重要な要因となっています。
例えば、今回の Study x PLAS: Asia Art Fair に参加するビビ・チョさんは、韓国国内での高い人気と評価を得ており、パリのギャラリーと専属契約を結んで活動しています。台湾のArt TaipeiやパリのAsia Nowでの展示を通じて、国際的な評価を着実に高めています。
このような動きは、韓国国内のコレクターによる継続的な投資と関心が、有望なアーティストを国際舞台へと押し上げる原動力となっており、海外での評価は再び国内マーケットでの信頼と安定性につながるという好循環を生み出していると考えられます。
▷国際アートフェアFriezeの進出は、韓国の美術市場に大きな影響を与えたと思いますか。実際に感じた変化や印象的なお話があればお聞かせください。
Friezeの韓国美術市場への進出は、単なるグローバルブランドのアートフェアの参入にとどまらず、韓国の美術市場の地位を転換させた重要な契機であったと考えています。
それ以前は、KIAFが韓国を代表するアートフェアでしたが、参加ギャラリーのほとんどをアジア圏のギャラリーが占めており、韓国の現代美術を欧米市場に紹介するには限界がありました。しかし、Frieze SeoulがKIAFと共同開催されるようになってからは、国際的な大手ギャラリーが多数参加し、欧州や北米のコレクターがソウルを訪れるようになり、国際的なアート流通の一翼を担う存在として認識され始めました。
特に印象的だったのは、Friezeの運営方式を通じて、国内のギャラリーやアートフェアがグローバル・スタンダードを急速に取り入れる傾向が出てきた点です。展示企画の完成度、VIPプログラムの構成、作品紹介のスタイルなど、あらゆる面においてグロバルマーケットを意識した専門性と体系性が導入され、韓国の美術市場の成を強く促しました。
また、コレクター層にも明確な変化が見られ、Frieze Seoul開催以降、既存の国内コレクターだけでなく、欧米の主要なコレクターが韓国を訪れる機会が急増しています。
これらの一連の動きは、作家、ギャラリー、文化機関のすべてに新たなチャンスや挑戦をもたらしており、韓国の美術市場がローカルマーケットではなく、グローバルマーケットの一部としての性格を備えるプロセスだと感じています。
▷アートウィークを取り巻く雰囲気や熱気は、韓国と日本でかなり異なる印象を受けます。韓国のアートウィークを生み出した文化的、もしくは制度的な背景などはあるのでしょうか。
韓国と日本のアートウィークには、明確な温度差があります。韓国ではアートフェアやアートウィークが文化イベントとして消費される傾向が強く、都市全体が一大フェスティバルのように賑わいます。一方、日本では静かで洗練された鑑賞体験が好まれる傾向があり、作品そのものに集中する美術文化が根付いています。これは、単なる運営スタイルの差というより、両国の文化消費のあり方そのものに起因する構造的な違いだと考えます。
例えばArt Basel Miami Beachでは、12月の1か月間で20~30のアートフェアが同時開催され、昼は作品鑑賞、夜はネットワーキングイベントやパーティーが開かれるなど、アートが日常生活と一体化したフェスティバルとして機能します。
韓国のアートウィークもこれに似た方向へと進化しており、美術鑑賞だけではなく、ライフスタイルと結びつけた文化的体験として拡張している点が特徴的です。
PLASでは、展示鑑賞だけにとどまらず、来場者が会場の館内外の書店や映画館、レストランを巡って一日を過ごす都市型ライフスタイルが自然と根付きつつあります。これは、急速な都市化と高いコンテンツ消費意欲、SNSを通じた情報拡散力が相まった結果です。
また、KIAFのアートウィーク期間中のアートナイトプログラムは、一般来場者向けにギャラリーを夜間開放し、飲食を交えながら自由に交流できるコミュニティ型イベントとして定着しています。
こうした取り組みは、アートそのものよりもアートを中心とした総合的な文化体験を提供し、短期的な集客を超えて消費層の裾野を広げ、アクセスのハードルを下げる効果を生んでいると感じています。
4. Study x PLAS: Asia Art Fairについて
▷今回の開催にあたり、ご苦労された点や印象的なエピソードなどはありますか。
海外でのアートフェアには想定外の難題がつきものですが、今回は韓国と日本の法制度や通関手続の違いが最大の課題でした。特に、関税・保険・契約書条項の解釈にズレが生じ、一時はスムーズに進行しない場面もありました。
輸送面では、日本側の通関手続や法的要件が韓国側と異なっていたため、意味を正確に理解するまでに時間を要しました。しかし、日韓それぞれの実務チームが密に協議を重ね、最終的には齟齬なく調整することができました。
特に印象的だったのは、契約書の確認中に起こった出来事で、反社会的勢力の排除条項の必要性が韓国側には馴染みが無く、「なぜこのような内容が必要なのか」と一時的に戸惑いが生じたことです。その後、日本の法的・社会的背景について丁寧な説明を受け、その意図を理解することができました。今思えば、これは文化的な違いに起因する貴重な経験であったと感じています。
両者が互いの違いを尊重しながら円滑にコミュニケーションを図ることができたと感じており、最終的に両陣営の信頼関係が強まりました。PLASとStudyはそれぞれ韓国と日本で新しい潮流を生み出しているプラットフォームであり、共通の問題意識と協業に対する意欲が非常にうまく噛み合ったことが、全体の準備プロセスをむしろ楽しく、そして有意義なものにしてくれたと実感しています。
▷日本のギャラリーの参加はもちろんですが、従来のアートフェアと比べたStudy x PLAS: Asia Art Fairの違いは何ですか?
本フェアの最大の差別化ポイントは、日本国内では類を見ない規模で韓国の現代美術を集中的に体験できる貴重な機会であるという点です。40を超える韓国ギャラリーと100名以上の韓国人作家が一堂に会する規模と、多彩なプログラム構成がポイントとなり、来場者には展示を「観る」だけでなく、作家本人と直接対話し、作品の背景や制作意図を深く理解する機会が設けられ、また、韓国と日本の現代アートを立体的に比較できます。
会場の梅田スカイビル10階では、日韓交流特別展とともに、女優ハ・ジウォンさんの絵画特別展、12階ではセミナーやアーティストトークを開催予定で、両国のアートの潮流をより深く体感できる場となるよう構成しています。鑑賞と学び、交流を同時に体験できる構成とすることで、両国の文化交流のプラットフォームとしての役割を果たし、従来のフェアと一線を画しています。
▷開催が迫ってきていますが、来場者に注目してほしいポイントや楽しみにされていらっしゃるポイントを教えてください。また、シン様が特に気になっている作家さんがいらっしゃいましたら教えていただけますでしょうか。
Study x PLAS: Asia Art Fairは、7月20日より大阪国際コンベンションセンターにて開催され、来場者の皆様により立体的で多層的に現代アートを体験していただけるよう、会場全体をフロアごとに機能別で分けました。
会場は、3階の主要ギャラリーブース、10階の企画展スペース、12階のセミナーやアーティストトークを開催する知的交流スペースに分かれています。特に3階で紹介される作家たちの個性やメディアの多様性は、来場者の皆様にぜひ注目していただきたいポイントです。
例えば、ペク・ジョンウンさんは、ガラスを用いて日常の物や感情を新たな視点で解釈し、透明性と強度という相反する特性を通じて、観る人に感覚的な旅を提供するような作品が特徴的です。
イ・ギラさんは、細いワイヤーを一本一本手で編み込んで立体的な風景を表現しており、絵画と彫刻の境界を行き来する非常に独創的な造形言語として評価されています。
多様な素材や表現方法に触れながら、作品鑑賞にとどまらず、作家と直接対話を重ねることで彼らの世界観を深く知ることができ、生きたアート体験の場となると考えています。展示全体を通して一つの流れとして鑑賞しながら、韓国と日本の現代アートの共通点や違いも感じていただけるかと思います。
5. 国境を越える協業について
▷今後、韓国と日本にとどまらず、アジアの美術市場全体の活性化に向け、どのような連携や協力が必要だとお考えですか。また、共に考えるべき課題には何があると思われますか。
アジアの美術市場全体の活性化に向けて、単発のイベントを越え、定期的な共同キュレーションや共同ブース運営、アート教育プログラムとの連携がカギとなると考えています。また、アートの社会的・文化的価値について共通認識を形成・発信するための対話を継続することが重要です。アートを市場的価値だけで見るのではなく、社会と結びついた文脈の中でどのように機能し得るのかを共に議論するプロセスは、地域の違いを越えた真の協力の土台になると信じています。
それらを実現するためには、具体的な目標を設定し、毎年検証と改善を繰り返すサイクルを確立しなければ、どれほど優れたイベントであっても、協業は一過性に終わってしまいます。お互いが継続的に何を共に成し遂げていくのかを考え続ける姿勢と努力も真の連携を生むと思います。今回のフェアには台湾ギャラリーの参加も得られたことで、韓国・日本・台湾を結ぶ連携の基盤が築かれたと考えています。今後もこのような実質的な交流を通じて、アジアのアートマーケットがより強く連携し、堅固なネットワークが構築されていくことを期待しています。
▷国際的なアートフェアとパートナーシップを結ばれていらっしゃるかと思いますが、美術の社会的価値について、何か心がけていることはございますか。
国際アートフェアとのパートナーシップは、出展機会の確保にとどまらず、韓国作家が持続的に海外へ進出するルートを築く役割を担っていると考えています。こうした取り組みは、市場の拡大や販売機会の獲得を超え、韓国のアートが世界の中でいかに社会的・文化的な地位を確立していけるかという、企画者としての根本的な問いとも密接に結びついています。
私自身は、いつか韓国からもフェルナンド・ボテロさんやデヴィッド・ゲルシュタインさんのように、世界的な大衆性と象徴性を兼ね備えたアーティストが誕生することを願っています。音楽グループのBTSが世界の音楽マーケットにおける韓国文化の象徴となったように、アートの分野においても、世界中に多くの感動と刺激を与えられる韓国人アーティストの登場やその活躍の姿を見たいですね。
そのような芸術家の登場は、芸術を志す子どもたちに希望を与え、美術という分野への社会的関心と尊敬を高め、文化消費の裾野を広げる効果をもたらします。ひいては、韓国美術市場全体の信頼性や規模の拡大にも大きく貢献することになると信じています。
私たちが国際アートフェアとの連携を継続し、多様な交流を積極的に推進する背景には、韓国作家による海外進出の支援と韓国美術が持つ社会的な価値と象徴性そのものを世界に広げていきたいという思いが根底にあります。
▷今回Study x PLAS: Asia Art Fairを通じて、日本進出を実現されましたが、今後、PLASとして海外進出や他国との連携も継続的に推進していくご予定でしょうか。
はい。今回の日本市場進出はPLASにとって大きな転機であり、今後も既存のパートナーシップを深化させながらネットワークを拡大していきます。
現在、台湾のOne Art Taipei、カナダのArt Vancouver、日本のStudyとはブース交換や共同企画、アーティスト交流プログラムなどを通じた実質的な協業関係を築いています。加えて、今年9月にはインドで初開催されるアートフェアに出展を予定しており、南アジア市場との連携を本格化させる第一歩と捉えています。さらに、2026年にはロサンゼルスでの協業も視野に入れ、北米市場との連携も戦略的に強化していく予定です。
このように、PLASは、韓国の立体芸術を軸にしたグローバルな美術エコシステムを構築し、それらを世界に広げていくプラットフォームとしての成長を目指しています。今後も各国のアートフェアとの継続的なパートナーシップを通して、韓国作家の海外進出を後押しし、東アジアを越えたグローバルなアートエコシステムにおける中心的な役割を果たしていきたいと考えています。
6. 貴社の紹介に関して
▷本記事に併せてご紹介したい貴社のサービスやウェブサイトのリンク、あるいは近日発表予定のニュースがあればお知らせください。
PLASは2025年に10周年を迎え、今年5月にはソウルのCOEXにて盛況のうちに開催されました。7月には日本・大阪での開催を通じて、アジア美術市場とのさらなる広がりを模索しています。今後も、韓国の彫形芸術の国際的地位をより一層高めていく予定です。
ウェブサイト: https://artspoon.io/web/plas
Instagram: @plasartshow