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NEWS - 2025.04.12

INTERVIEW アートの世界を漫画で届ける 『いつか死ぬなら絵を売ってから』作者・ぱらり先生インタビュー

創作活動の苦悩やキャラクターの成長といった、これまでのアート漫画の主題にとどまることなく、一般的に分かりづらいとされるアートの価値や価格形成の仕組みに向き合った漫画として注目を集めている、『いつか死ぬなら絵を売ってから』。2023年6月に第1巻が刊行、2025年4月16日に待望の第6巻の刊行を控えている本作の作者、ぱらり先生をお迎えし、ぱらり先生から見たアートの世界、その世界を漫画作品に落とし込むうえでのポイントや、オークションに対するお考えを伺いました。

普遍的に届くところに着地させる―漫画とアートの交差点

▷始めに、ぱらり先生のことを教えていただけますか。どうやって漫画家のキャリアをスタートされたのですか。
もともとはただのオタクで、同人活動から漫画制作をスタートしました。どうしても幸せにしたい女の子のキャラクターがいて、その二次創作のお話を描いていたのですが、次第にオリジナルも描いてみたくなって、同人誌の即売会に参加していた時に編集の人に声をかけていただいたことで、漫画家として活動をするようになりました。

▷これまでにどんな作品を描かれてきたのでしょうか。また、そこに通底するテーマなどがあれば、教えてください。
今は現実の世界を舞台にした作品を描いていますが、前作(『ムギとぺス~モンスターズダイアリー~』)は、モンスターや獣人などのファンタジーの日常をオムニバス形式で発表していました。例えば、鳥の種族の子育てとか、爬虫類の脱皮のブームとか、「もしこの作品の世界でこれが流行ったら、どういうことが起こるのか」といったようなことを丁寧に考えて描いていた感じです。
取り上げる主題は様々なのですが、一貫しているのはキャラ同士の関係性の描写の密度が高いことで、そこを好きだと言ってくれる読者の方が多いです。人と人の関係というか。リアルな世界を物語に落とし込みたいし、作品の世界観にリアリティを持たせたいと思っています。

▷漫画家として活動をするうえで、特に影響を受けた人・経験があれば、教えてください。
大きくは二人いて、一つはおじいちゃんの存在が大きかったと思います。私はおじいちゃん子だったのですが、『ドラえもん』とかを全巻揃えてくれていて、絵を描いたら、身内の贔屓目だとは思うけど、褒めてくれるんですね。当時は漫画家になりたいとはっきり思っていたわけではないけれど、そういう環境にいたから、漫画を描くという選択肢も選べたんだと思います。
もう一人は、コミティア(同人誌の即売会)に参加したとき、その当時創作活動を始めたばかりで右も左も分からない中で、漫画家のあむぱかさんという方が声をかけてくれて、私の漫画を読んで感想を直接伝えに来てくれたんです。あむぱかさんは昨年お亡くなりになってしまったのですが、私はあむぱかさんの漫画が好きだったし、そうして直接感想を聞かせてくださって、創作が楽しいことを教えてくれた方だと思っています。

▷「いつか死ぬなら絵を売ってから」ではアートをテーマにされていますが、ぱらり先生のアートとの出会いやアートに対する思いを教えてください。
アートが好きになるきっかけは、図録で見たフェリックス・ゴンザレス=トレスさんの作品です。ほかにも作品を見る機会はありましたが、ぐっときたんです。もともと絵を描くのは好きだったのですが、アートといわれるとちょっと距離があったし、よく分からないというのも正直ありました。でも、その作品を見たときに、腑に落ちた感覚がありました。フェリックス・ゴンザレス=トレスさんの作品は、一般的な絵画よりも分かりにくい作品だと思いますが、自分も知っている感覚、愛や孤独感など感じたことをこういう風に表現しているんだというのが理解ができたんです。彼の作品を通じて、人間の表現力の果てしなさをアートに感じましたし、その果てしなさをもっと見てみたいとも思った。今年、国立国際美術館で予定されていた大規模個展がなくなってしまったのは、個人的に残念でしたね。

▷とても素敵なアートとの邂逅ですね。職業柄、人の感情の機微に向き合われているぱらり先生だからこそ、そのような体験をなさったのかもしれません。情報としてではなく、感覚的に作品を受け取られた体験というのは、何ものにも代えがたいものだと思います。
アートが今の社会を映しているというところは確かにあるので、頭で見るというのもありますよね。私の場合は最初は感覚で入っていきましたが、頭でも心でも受け取れるようになって、魅力を更に感じていけるところがあると思っています。

▷今注目されている作家さんはいらっしゃいますか。
「ART FAIR TOKYO19」で見たみぞえ画廊の、弓手研平さんと柴田七美さんです。弓手さんは、見た目は柔らかく夢のような絵画なのですが、その描き方が、油彩で層を重ねて描かれていて、時間をかけたことによる重厚感があるんです。柴田さんは、シンプルなフォルムの人物画ですが、絵具の物質性を強く感じる筆跡で、お二人とも重みのあるマチエールと、描かれているものとのギャップがあるし、物質としても面白いと感じています。

▷ちょっと踏み込んだ見方ですが、ぱらり先生は、印刷・データ媒体である漫画にはない質感や質量に惹かれるというのもあったりするのでしょうか。
漫画は質感や多層性があるわけではないので、無意識にそういうところに惹かれたのかもしれないですね。自分の分野とは違う表現方法に魅力を感じたというか。生の絵画は印刷物と違って、筆の跡とかがあったり、あるいはそれを意図的に消していたりして、そういうところが気になります。

▷絵画と漫画の差異についてお話がありましたが、漫画の構図や色彩、ストーリーテリングなどに、アートの影響を感じる部分はありますか。
アートと漫画は結構影響しあっていると思います。伝統的な絵画や現代アートでも、そこで発見された表現が漫画に輸入されることもあるし、漫画が培ってきた表現方法がアートに輸入されることもある。ストーリーテリングとしては、私はビデオインスタレーション系の作家が好きなんですね。例えば、ピピロッティ・リストさんやウィリアム・ケントリッジさんとか。いずれもフェミニズム的な文脈があったり、自国の歴史に向き合ったりと、社会的な作品を創作している作家さんです。現実を漫画の世界に反映させるとき、私は、エンタメとして普遍的に楽しんでもらいたい。面白くないと漫画として成り立たないからです。先程挙げた作家さんの作品についても、その作品の社会的・文化的背景をすべて共有していなくても、伝わるものがある。そのように普遍的に届けられるところに着地させるというのが、アートと漫画に共通するところだと思っています。

▷以前、別のインタビューで、エンタメ性を持たせることでアートって面白いと思ってもらいたいと仰っておられますが、「エンタメ性」というのは一つキーワードですね。
アートに興味を持ってもらいたい気持ちと、エンタメとして私の作品を楽しんでほしい気持ちが両方あります。漫画として面白ければ、そこに描かれているもののことも面白いと思ってもらえると思うので、そのためには、まずは漫画を面白がってもらわないといけないんです。

アートを扱ううえでの説得力とフラットさ

▷『いつか死ぬなら絵を売ってから』を描いたきっかけや背景について教えてください。
自分の感じたアート体験をほかの人にも感じてもらいたいし、共感できる人が増えたら嬉しいというのがあります。もともとアートは魅力が伝えにくい分野だと思います。今はインフルエンサーが解説をしたりしていて、アートに触れる機会や方法も増えてはいますが、「私ももっと面白く伝えられるぞ」という挑戦の気持ちがあったんだと思います。

▷アートを題材とするうえで、漫画の表現として特に工夫された点はありますか。
視覚的な点とストーリー上の点があります。
視覚的な点としては、それぞれのキャラクターが作る作品の表現が、アートとして成り立っていて、かつ、それぞれの人物が制作するものとして説得力があるものであるというのは意識をしています。主人公・一希の作風も紆余曲折ありました。最初は抽象表現とか、勢いのあるペインティングも考えていたのですが、一希の性格や生きてきた道を考えたとき、自分の目で見た現実の具象表現を描くだろうと思いました。また、その中でも、モノクロ漫画として見るときに見やすいペン画に定まって行った感じです。作中の作品で一番難しかったのは、凪森くんの作品全般ですね。一希の作品はこれと決まったので、それは描きやすい。晴永さんの場合は、コンセプチュアルで本人の主張が現れる作風というので考えやすい。雲井先生も、はかない独特の世界観を確かな技術で描いている。凪森くんは、彼のフェチズムとか幼いころの憧憬を含めた作風になっているという設定はあるのですが、「あの世界で売れている絵」という説得力がきちんと出ているようにならないといけなくて。キャラが描きそうな絵+人気な絵というもう一つプラスの説得力が必要だったんです。
ストーリー上の点としては、この作品で初めてアートに興味を持つ人もいるので、印象が偏らないようには注意しています。一希が第2話で作品をごみと間違えて捨てちゃう場面があります。読者は、最初は一希に共感すると思うのですが、それで終わらせちゃうと偏った見方になるので、捨てた作品の作者である晴永さんを登場させ、そのキャラクターに作品について語らせることで、作品に関心を持たせて新しい発見に繋がるようにしています。

▷作中で登場するアーティストやマーケットの描写は、実在の人物やエピソードからインスピレーションを受けていますか。
作中では色々なパターンを描こうとしているのですが、ある程度リアリティを持たせるために、現実に活躍している人や物事を参考にしています。
例えば、もう一人の主人公である透、もとい嵐山家は、私が初めて品川の原美術館に訪れた際のイメージが強く影響しています。原美術館は、実業家が作品を蒐集して、元々は私邸であった建物を美術館として公開しているというものでしたが、そのエピソードと、実際にその場に行った時のイメージが影響しています。なので、透くんの家は実は品川にある設定なんです。
アーティストとしては、凪森くんは現代のポップアートを意識しています。その中でも松山智一さんの影響が強いです。私がもともと松山さんの作品が好きだったのもあるのですが、現代的なポップさと青年を描く画風とかは、影響を受けています。

▷読んでいる中で「あの人なのかな」と想像したりしていたのですが、答え合わせができました。読者の反響の中で、特に印象的だったものがあれば教えてください。
もともとアートに興味ある人もいれば、興味ない人、自分も買いたい人もいれば、創作活動をしている人など、色々な人が読んでくださっています。作品を読んでみて、アートに興味持ったから美術館に行ってみよう、作家活動がんばってみようというプラスの影響があったと知れたときは、嬉しかったです。
一方で、もらった反響の中で、「自分は主人公(一希)ほど絵に夢中になれないから作家にはなれないかも」というお声があったのですが、私はそうは思いません。創作活動の中で、魂を削って頑張るのも一つのナラティブに過ぎないのです。物語としては映えるのですが、一つの創作の仕方に過ぎない。本作も、一希と透の物語なだけで、その方にはその方の物語がある。その人のペースで自分の創作活動を大事にしてほしいですし、自分なりの創作活動をやってほしいと切に思います。漫画としては、応援したくなることが大事だし、好まれる主人公が大事ですが、現実の創作活動は色々なやり方があると思います。


出典:『いつか死ぬなら絵を売ってから』5巻収録18話より抜粋
©Parari (AKITASHOTEN) 2023

セカンダリーも愛のある場所

▷アートの価格がどう決まるのか、一般の方には分かりにくいことが多いですが、それについてどう感じますか。どのような反響がありますか。
アートの値段の決まり方に対する関心は高いと思います。実際に、私の作品を知識漫画として楽しもうとしている人もいます。アートとお金の関係、高くなる仕組み、市場価値など、背景情報をまずしっかり丁寧に知ってもらわないと、そのうえに乗る登場人物のドラマも伝わりにくいので、基本的なところはわかってもらおうと思って描いています。いま、楽しく読んでもらえているということは、そのあたりも理解してもらえているのだと思っています。

▷第1巻にオークションのシーンが出てきます。アートが売買の対象となることを一希(及び読者)に認識させるシーンとなっていましたが、ぱらり先生はこれまでオークションについてどのようなイメージをお持ちでしたか。また、今回、弊社のオークションをご見学いただきましたが、オークションのイメージに変化などありましたでしょうか。
あらゆるマーケット、あらゆる商品でもいえることですが、ものを売り買いする場所となると、光の面と影の面があるという考えがもともとありました。気に入った作品を手にしたいという純粋な作品愛もあれば、語弊を恐れずに言えば、主に資産として見ていて明確な愛がそこにないという人もいて、セカンダリー(オークション含む二次流通市場)は後者が多いというマイナスの印象もありました。自分がオタクだからだと思うのですが、「転売」に悪いイメージがあったんですね。漫画を描くようになって、色々な人の話を聞いたり、オークションを見たりする中で、この作品が欲しいんだなという人の顔が見えてきた気がします。セカンダリーは、プライマリーで手に入れられなかった作品を手に入れるセカンドチャンスに挑む人たちの場なので、愛のある人たちなんだなと今は思っていますし、そう信じたい。前の所有者から愛を引き継ぐような形で次の人が購入できるのであれば、それは幸せなことだと思います。作品が流通しないと作家さんもやっていけないですし、血液みたいに、流れていないと止まってしまったらよくないので。流通の仕組みは大事だと思います。そういう良い面を大事にしていきたいと思いましたし、他の人にもそう思ってほしいと感じています。

▷実際にご覧いただいたうえで、そのような見方をしていただけるのは実務者としてとても嬉しいです、ありがとうございます。最後に、新刊の見どころについて教えてください。編集の小坂さんとぱらり先生、お二人からそれぞれお願いいたします。
(小坂さん)編集者としては、1つは一希と透の関係性ですね。アーティストとパトロンの関係ですが、それだけではない二人がどうなるか。お互いに分かり合うようですれ違ったりする、人と人とのすれ違いを見ていただきたいです。2つ目は、透の執着している過去が見えてくるところが面白いと思っています。

(ぱらり先生)そうですね。6巻までの間に積み重なってきた人の関係が動く巻なので、楽しんでほしいです。あと、今回、金沢21世紀美術館と恒久展示作品を作中に登場させるにあたり、同館の方が解説を監修してくださったり、また、スイミングプールのレアンドロ・エルリッヒさんの事務所へ使用承諾をお願いしたりしました。皆さま快くご対応してくださって、感謝しています。そうした現実とリンクしている部分を見てもらえたら嬉しいです。

新刊情報


©Parari (AKITASHOTEN) 2023

ぱらり『いつか死ぬなら絵を売ってから』第6巻、ボニータ・コミックス
発売日:2025年4月16日


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NEWS - 2024.11.15

ART COLLECTOR INTERVIEW 開き、交感する:コレクションすること、オークションという装置について  UESHIMA MUSEUM COLLECTION 植島幹九郎氏インタビュー

事業家・投資家として多彩な顔を持つ植島幹九郎氏が2022年2月に設立したUESHIMA MUSEUM COLLECTIONは、拡張を続け、今日その点数は700点以上にのぼります。形成の初期より高度に社会性を持った、その同時代的なコレクション行為は、「開かれている」という正にそのことによって、植島氏のうちに親密かつ特別な体験と深まりをもたらしているようです。SBIアートオークションでも取引をされている植島氏に、その類を見ない蒐集姿勢と、蒐集活動においてオークションが担う役割について伺いました。

⊳アート購入のきっかけを教えてください。

2011年の東日本大震災時に炊き出しに被災地に行った際に知り合った、特定非営利法人ピースウィンズ・ジャパンの大西健丞さんと交流を続ける中で、彼らが手がける芸術による地域振興活動を知りました。その中に、世界的アーティストであるゲルハルト・リヒターの14枚のガラス作品がある無人島というのがあるというので、「なぜそんなところに著名作家の作品が?」と聞いたところ、「紛争地域の支援に関連してリヒターに直接会う事になった縁で、本人から寄贈していただいた」とのこと。アーティストが社会活動に共感し行動する様を目の当たりにして、アートと社会の関わりに関心を持ちました。その作品の公開が開始された年と同じ2016年に、NYのマリアン・グッドマン・ギャラリーでリヒターの個展があり、彼の作品を間近で見て衝撃を受けました。それ以来、アートを購入しては自分の家などの展示できる場所に飾っていましたが、その当時自由に使える壁面も限られていたので、壁が埋まってしまったことで一時蒐集をやめていた時期があります。

⊳インターバルを経て、本格的に蒐集をするようになったのはいつからですか。

本格的に購入を始めたのは、2022年からです。事業拡大したことで展示に使える壁面にも余裕ができたため、いよいよアートを買っていきたいと思ったんですね。その年は、とにかく沢山のギャラリーを見て回り、アートフェアやオークションにも積極的に参加しました。活動範囲も日本に限らず、例えば韓国のFrieze SeoulやArt Baselなど海外にも広がりました。

⊳そのうえで、アート購入を「コレクション」として体系的に行っていくことを意識されるようになったのはいつなのでしょうか。

コレクションとして体系的に意識するようになったのは、2022年の途中です。多くのギャラリストやアーティストから、「購入されても倉庫に眠ってしまい、飾られないまま、鑑賞されないまま手放されてしまう作品も多い」といった話を聞き、展示することを前提に購入している自分にとっては大変な驚きでした。そこから、作品を公に公開するためにコレクションとして意識するようになりました。まずは、やはり壁面の制限がボトルネックになってしまうので、HPやSNSでデジタルに公開し、多言語でキャプションをつけることから始めました。また同時に展示の場所をオフィスにも展開するようになりました。

⊳ コレクションを積極的に発信されていますが、どのような影響・反応がありますか。

UESHIMA MUSEUM COLLECTIONとして購入した作品を公開するようになり、出会いのきっかけが増えたと思います。例えば、私は新たに蒐集した作品はInstagramで公開するようにしているのですが、SBIアートオークションでボスコ・ソディを落札した時、Instagramの投稿を見た作家から「購入してくれてありがとう」と連絡が来て、来日時に食事をしたということがありました。プライマリー(ギャラリーなど、一次流通市場のこと)で購入した場合は、作家に購入者のことは伝わりますが、セカンダリー(オークションなど、二次流通市場のこと)の場合、誰が買ったかをアーティストは知ることがなかなかできません。SNSで公開することで、アーティストに作品の所在を伝えることができ、それがアーティストとつながるきっかけとなっています。私は公開をコレクションのポリシーにしているので、投稿などを通じてアーティストにも知ってもらえるというのは大きいですね。

⊳貸し出しの依頼などもありそうですね。

そうですね。例えば、UBSの東京オフィスで行われたアーティストトークで作品を貸し出しました。あとは9月から福岡市美術館でUESHIMA MUSEUM COLLECTIONのコレクターズ展をやっていただくのですが、そうした外部での展示の機会も増えています。UESHIMA MUSEUMでの展示状況とも調整しつつ、積極的にアートを通じて社会に関わっていこうと思っています。

⊳ 今年の6月、渋谷にUESHIMA MUSEUMを開館されました。そのことで変わったことはありますか。

コレクションをたくさんの方に見ていただける機会が増え、その上で反応がわかるようになり、そこからの気づきや学び、経験が増えました。それまではウェブ上での公開が主だったので、誰が見ているのかや、見ていただいた方の反応を見ることができませんでした。今は、自分が館内でコレクションの案内をすることもあり、もっとインタラクティブな形で反応を見る事が出来るようになったと思います。また、美術館での展示を通じたアーティストとのやりとりも挙げられますね。美術館には、一人の作家に特化した展示室が複数あるのですが、例えばシアスター・ゲイツの展示室に関しては、オープニングのタイミングが作家自身の森美術館での個展の準備期間と重なったこともあり、内装工事中にお見えになって、展示空間の造り込みに携わって下さいました。展示室で流れている音楽についても、作家自身がオリジナルの音源を送ってくれたものになっています。ただ作品を購入するだけでなく、アーティストやキュレーターの方ともやり取りをしながら、どう展示するか、どう皆さんに見ていただくかを考えることで、作家や作品への理解や愛着が深まり、非常に楽しい経験ができています。

⊳開くことによって新たに見える・得られることがあるのですね。現在開催中の展示の中に、弊社のオークションでご購入いただいたものも含まれています(村上隆×ヴァージル・アブロー、2022年3月オークションで落札)。確か、弊社オークションで初めてご落札いただいたのは、2016年4月のセールだったかと思いますが、他社も含めて、初めてオークションに参加されたのはいつですか?

それこそ、その2016年のSBIアートオークションが初めてで、それ以前に国内外のその他のオークションには参加していません。確か、会場に行ってその場でパドルをあげたと思います。アート業界に特に接点がなく、知り合いもいない中で、調べたら東京でオークションをやっているということで参加しました。中村一美さんやジャン=リュック・モーマンなどを購入しましたね。

⊳オークションは弊社が初めてだったとは、光栄です。それまではギャラリーが主だったかと思いますが、オークションとギャラリーでの体験の違いについて教えてください。

両者の体験にはかなり違いがありますね。まず、日本はともかく海外のオークションハウスの場合は下見会会場に毎度足を運ぶことは難しく、作品を実際に見ずに購入することも往々にしてあります。オークションで落札した作品の中で、下見会で見てから落札したのは全体の10%もいかないくらいではないでしょうか。ギャラリーも海外の場合はリアルで見られないことが多いのに変わりはないのですが、オークションは特にその傾向が強いです。その意味では、日本に作品があって、見ることができる環境でオークションに参加できるのはSBIのアドバンテージですよね。また、プライマリーでは買いたくても人気が殺到してしまうとオファー待ちで買えない時がありますが、オークションは気持ちがあれば買える。競りに挑む時は、ワクワク、ドキドキがあります。オークションは週末に開催されることが多いので、私は家族と過ごしながら、公園とか遊園地とかでもスマホで入札しているのですが、家族と一緒に「買えた」とか「あーダメだった」とか言いながら参加しています。このダメだったというのも、結局自分がもう1ビッド行かなかったということ。だから、どうしても欲しいという気持ちが強くないと落札は難しいと思います。その気持ちの源泉としては、やはりこの瞬間のここにしか出てこない作品であるというところが大きいでしょうか。ギャラリーで購入できる作家であっても、過去の作品はプライマリーには出てこない。オークションは過去作が欲しいときなどにも有用ですね。競りが自分の入札で止まると「早く(ハンマーを)打ってよ-」と思うのですが、ぎりぎりのところで他の入札が入ってしまうことも。そうしたオークションのライブ感を楽しんでいます。

⊳ 落札するには気持ちの強さが大事なのですね。植島さんは、普段どのようにオークションに臨まれているのですか。

セールまで、カタログは複数回チェックします。まずは全体をパーっと見て、気になったものにマークをつけます。マークをつけた作品は、メディウムやサイズなどの作品情報を確認し、過去の市場価格やエスティメートなどを調べます。また、興味を持った作品の作家に関しては、知っていても知らなくても、必ずCV(経歴や展示歴などをまとめた資料)を確認するようにしています。1回目はやはり自分の先入観とか既知のものとかに反応してマークしてしまっていることがあり、見落としているものがあるかもしれないので、確認のために2-3回見ますね。作家名、画像、作品の色味、金額など、目についてくる点は色々あるので、異なる視点で隈なく見るようにしています。

⊳ オークションの場合は事前にかなり下調べをされて臨まれているとのことですが、ギャラリーでの購入に関してもそうなのか、偶然的な出会いで購入されるのか、どちらでしょうか。

両方ありますね。ギャラリーが集合しているコンプレックスに行く場合、目的のギャラリーの横の別のギャラリーにふらっと立ち寄った際に、新しいアーティストや作品と出会うこともあれば、個展の情報を見たうえでそれを目がけてギャラリーに伺う場合もあります。

⊳ なるほど。ちなみに、今注目されているアーティストはいらっしゃいますか。

例えば今津景さんに注目しています。1人の作家の作品で、10点以上所有している作家は少ないのですが、彼女はその一人で、今津さんの作品は多く所有しています。あと、かなりベテランの作家の中では、松本陽子さんも注目しています。

⊳今津さんはオークションマーケットでも人気が高まっている作家さんです。さて、オークションの話に戻りますが、弊社オークションをご利用いただく際、事前にスタッフに購入について相談されたりするのでしょうか。どういった話をされていますか。

下見会に行った際に、どの作家の人気があるかなどを聞いたりしますね。ただ、どの作家を競ろうと思っているといったことは、あえてあまり言わないようにしています。競りにおいては、より高い価格で落札されるようにオークションハウスは活動していて、それがマーケットの性質としてあるのだと理解しているので、欲しい作品を前にしても、(狙っていることが周りに知られることで)作品が注目を集め、ライバルが増えることを避けたいので、あえてポーカーフェイスでいます。これは個人的な考えなので、実際にどのくらい影響があるかはわからないのですけど。

⊳多くを語らないご様子には、そういう理由があったのですね。国内外、様々なオークションハウスがありますが、SBIアートオークションを利用される理由は何ですか。その特徴はどこにあると思いますか。

アジア・日本の作家でSBIでしか出品されていないものがあります。また日本に住んでいますので、下見会を日本で見られるし、送料も安いのは魅力です。送料を理由に購入を見送ることはないですが、とはいえ海外輸送は費用がかかりますので、その点リーズナブルだと感じます。私は主に、今津景さんや加藤泉さんなど、プライマリーで作品がなくて買えない作家や若い作家の作品の購入にSBIを利用することが多いかなという印象です。加藤さんなんて本当に買えないんですよ。

⊳ 例えば昨年ご購入いただいたアブディアなど、海外の作家で、日本のギャラリーでは取り扱いが無い作家もいらっしゃるかと思います。弊社オークションでご落札をいただいたのは、日本で作品を実際に見る機会があった中で買われたのか、それとも以前からチェックしていて、リーズナブルだから買った形でしょうか。

元々アーティストのことは知っていて、他のオークションでもずっと見ていました。比較的に安かったという点もありますが、結構ユニークな作品だったため、購入しました。先程、SBIの特徴としてアジア・日本の作家のラインナップの話をしましたが、一方で、このような海外作家の作品を見る機会があると良いなとも思います。

⊳日本で行われるセールで、欧米の作家の作品がもっと買えるようになったらいいとか、あるいは逆に、戦後美術など国内作家が増えて欲しいなど、コレクターとしてはどのように思われますか。

両方あると良いかもしれません。例えば、アメリカの方が全く知らない日本のアーティストだけだったらセールに参加しなかったけれど、知っている欧米の作家の作品があったことで参加し、そこから日本のアーティストを知るというようなケースもあるかと思います。最終的には、「PhillipsやChristie'sでやっているような現代アートのラインナップを、日本で見られるのはSBIだけ」というようになれたらいいですよね。海外のオークションハウスは日本でオークションを開催しないですし、下見会も日本ではほぼ無い。だからこそ逆にチャンスはあると思います。

⊳ありがとうございます。最後になりますが、弊社に期待すること、あるいはこうなってほしいなどのご要望があれば、お聞かせいただけますと幸いです。

今も海外から参加されている方は多いと思いますが、よりSBIアートオークションに参加される方が国際的に増えていってくださると良いなと思います。グローバルに認知されていってくれれば嬉しいですね。日本のアートやアートマーケットが、ドメスティックに留まるのではなく、グローバルに繋がるなかで、日本のアーティストが海外の方に知られるようになってほしいと思いますし、日本のコレクターが海外のアーティストの作品に触れる機会も増えて欲しいと考えています。SBIが、日本に作品を持ってきたうえで、日本でオークションを開催しているグローバルな企業になってくれたら嬉しいなと思います。


UESHIMA MUSEUMとは


2024年6月に渋谷教育学園の旧ブリティッシュスクール(東京)の建物を改装しオープンしたUESHIMA MUSEUMは、事業家であり、投資家の植島幹九郎氏が2022年2月に本格的にスタートした美術コレクションであるUESHIMA COLLECTIONをもとに設立されました。ビジョンとして『「同時代性」について、美術を通じて考える場になる。』を掲げている同館は、1990年代以降に制作された作品が展示されており、現在はオープニング展を開催しています。UESHIMA COLLECTIONは、2022年に始まったばかりである比較的新しいコレクションでありながら、このわずか数年の間にすでに700点(2024年6月時点)にのぼるコレクションを収蔵し、今年の美術館の設立にまで至ったこのスピードの速さは、まさに目まぐるしく世情が移り変わる現代の流れを反映しているかのようです。
館内には、アーティストの作品をもとにデザインされた展示室が複数存在します。オラファー・エリアソンの《Eye see you》(2006)は、照らす対象の色を全て同色に染める点が特徴的であり、この作品が設置された展示室には作品を挟むように両側に鏡が設置されており、無限にこの光の世界が続くような錯覚をもたらします。コンポーザーであり、アーティストの池田亮司の《data.scan [n°1b-9b]》(2011/2022)は、カーテンで遮断された真暗の展示室に設置され、9枚のディスプレイにそれぞれ異なるデータが映し出されています。同館には、このような国際的な人気や知名度を誇る作家だけでなく、日本国内やアジア圏での活動を主とした作家や美術業界でのキャリアを開始したばかりの作家も含まれており、全てのアーティストを対象としてコレクションを現在も拡大し続けています。
最近では、オープニング展の展示作品に新たなコレクションが加わりました。東京にお越しの際には、是非お立ち寄りいただけますと幸いです。

UESHIMA MUSEUM
住所:東京都渋谷区渋谷1-21-18 渋谷教育学園 植島タワー
開館時間:11:00-17:00
休館日:月曜、祝日
Webサイト:https://ueshima-museum.com/

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