NEWS - 2025.08.13
INTERVIEW ART AT WORK:コンセプトワークとしての「推し活」展示 イー・スピリット代表 足立茂樹氏インタビュー
創造的思考や多様性への理解の促進、職場環境の改良やモチベーション向上、企業文化の醸成やブランドイメージの発信など、今日、様々な理由からアートをオフィスに取り入れる企業が増えつつあります。一方で、アート作品が多面的な価値を持つが故に、それをどのように選定し展示するべきか、企業における取り入れ方に悩まれる方も多いのではないでしょうか。
次世代の才能を世に紹介するキャスティングという事業内容とその精神を、アート作品の蒐集や展示を通じて象徴する「推し活」というユニークなお取組みをされている広告代理店を経営されている株式会社イー・スピリットの代表・足立茂樹氏に、オフィスでの作品展示の経緯や導入方法、大事にされている点についてお伺いしました。

オフィスエントランスの様子。右手壁面に金澤翔子《飛翔》(書)、カウンター上にハビア・カジェハの立体作品、中央奥に草間彌生《南瓜》、左奥に水戸部七絵の絵画が並ぶ。
「大切にしていることは弊社「e-Spirit」の想いが伝わること」
▷アートのコレクションを始められたきっかけを教えてください。
もともと、インテリアデザインがとても好きで、今ではリフォームが趣味といえるくらいになっています。広告も「好き」を形にした形で、新卒で広告代理店に就職をしましたが、独立をしました。創業から25年、また年齢を重ねていく中で「好き」が次第に色褪せていったような気がします。そんな人生の黄昏の中、アートは自分の胸にぽっかりとあいた穴をうまい具合にふさいでくれました。
現代アートとの出会いとコレクションの経緯ですが、きっかけは家族の付き合いで行った百貨店です。草間彌生さんのかぼちゃの赤ラメのプリントが売られていました。赤ラメを眺めているうちに見入ってしまったんです。頭の中で、脳みその襞がウネウネと動くような感覚を生まれて初めて感じました。良くわからないけれど、なんとも気持ちが良かった。これはすごい!いいなと思って値段を聞いたら1,500万円。今まで仕事を一生懸命に頑張ってきたし、自分へのご褒美だ。清水の舞台から飛び降りようとしたその瞬間、百貨店の方から「ポイント沢山つきますよ!ぜひ!」と言われ、「え、そんなにポイント付くんだったら、もっと安く買えるんじゃないか!?」と経営者の経済感覚を取り戻し、他に安く売っている所が無いかを探し始めました。
電話で予約を取り2週間後に生まれた初めてギャラリーという場所に足を踏み入れました。期待と不安が入り混じる初ギャラリーは、なんと中々値段を教えてもらえず、やっと教えてもらえたと思ったら途中で価格を引き上げられるという洗礼に合ってしまいました。次第に疲れてしまい、結局何も買わずに帰ってきました。
それで改めて他ならどこで買えるのかと調べていくうちに、SBIアートオークションに辿り着いたのです。 色々な作品がまるでお菓子のショーケースのように次から次に出てくるのが面白かったです。その当時娘が小さかったので、ロッカクアヤコさんの絵と娘が重なって SBIアートオークションで落札をいたしました。初めて参加したオークションでは興奮をしてしまい、エスティメート価格の上限をはるかに超えてもパドルを上げ続けました。ハンマーオークションの興奮も忘れらず、度々オークションに参加するようになりました。週末に、オンラインでポチポチとオークションに興じることはコロナ禍の気晴らしにもなり、はまっていった感じです。娘が小学生に入る際にロッカクアヤコさんの絵は手放すことになったのですが、思いがけず購入時の金額より高く売れたので、オークションの使い方、売り時みたいなものがあると感じました。

オフィス内の展示風景。ロッカクアヤコの絵画作品。
▷SBIアートオークションが初めてのオークション体験で、そこから、まずは足立様ご自身がアートにはまっていかれたのですね。
ええ。それまでは絵を購入する、ましてやそれが資産になるという考え方は持っていなかったです。もともと、勉強して準備万端で動くというよりは、走りながら考えるタイプなので、とりあえず欲しいものを買っていきました。
▷その後、オフィスでアートを展示されるようになった経緯を教えてください。
コンセプトに沿って一定のボリュームを集めると、意味が出てくることは何となく理解をしていました。オフィスを昨年移転しましたが、緊張感もありつつ居心地の良い空間を目指しました。ちょうど同じ時期、同じ渋谷に「UESHIMA MUSEUM」がOPENされました。レベルは全然違いますが、人物画のプチ美術館を目指したら面白いと思ったのがきっかけです。
▷ちょうどオフィス移転のタイミングと合致して足立様主導で展示が決まったということでしょうか。
そうです。12月に移転先が決まり、翌3月に引っ越しをしました。引っ越した時点では、絵も家具も全部は揃っていなくて、完成までおおよそ半年かかりました。
これまでにオフィスの移転は何度もしているので、テーマを形にすることには慣れていましたが今回は大変でした。私はアートの勉強をしたことがありません。唯一、広告が好きで大学から専攻をしていました。また仕事柄、人酔いをするほど人物のプロフィール資料を見ていたり、タレント人気度の定点観測をしています。
オフィスの空間づくりにアートを取り込むにあたっては、まずはコンセプトワークとコンセプトに合うストーリーを考えました。持っているアート作品を上手くストーリーに取り込めないか検討をいたしました。沖縄を代表する陶芸家・大嶺實清さんが作ってくださった青いシーサーが5年越しにちょうど届いたり、持っていたKYNEさんの作品が2枚ともブルーだったりとタイミング的に青色づいていました。偶然にもコーポレートカラーが青なので、青をベースカラーに、そして青が良く映える白を組み合わせの色にしました。白はアートの背景として便利だったので、壁は白にしました。全面、青のカーペットを敷き詰め白のソファを新調して、青と白を強調しました。
尊敬をしている大嶺實清さん、大好きな沖縄と繋がっていたかったので、カーペットの型を波型にしてエントランスを海に見立てました。沖縄には、“ニライカナイ” という海の向こうにある理想郷の言い伝えがあります。e-Spiritにお立ち寄り頂いた皆様にとって、弊社が“ニライカナイ”への入口であって欲しいという思いを込めました。

KYNEによるポートレート作品。

中央にKYNEのポートレート、ソファ左右に陶芸家・大嶺實清の青いシーサー。
▷オフィスでアートを展示するには、コンセプトやストーリーは勿論、施工・設営に関する技術的な検討・議論も必要だったかと思います。その辺りはどのように進められたのですか。
まず、SBIアートオークションの林田さんに展示の方針などをご相談させていただきました。アート展示施工のプロにもご協力をいただき、展示に関しては1センチ単位で行えたので、素人の私でも問題はありませんでした。
また、オフィスに関しての施工に関しては、かねてから懇意にしていたキッチンのリフォーム会社があったことも大きかったと思います。最初は自宅のキッチンリフォームでお世話になった会社さんなのですが、キッチンの大工仕事は細かく精密で、それ以外のリフォームもどんどん頼んでいきました。切れ目なく様々な発注をさせてもらうことで、細かいことを相談に乗っていただける関係性を作っていきました。
▷コミュニケーションをしっかり取れる業者さんの存在は重要ですね。これまでにご自宅と会社、両方での作品設置のご経験を踏まえて、どのようなことを意識されましたか。
まず、家は会社と違って好きなものだけを飾れば良いですが、家は家で大変です。会社以上に部屋の役割が細かく違いますので、きめ細かさが必要でした。リビングには人物画があっても良いですが、寝室に人物画があると少し落ち着かないので風景画や抽象画を合わせるなどです。家に飾るアートは一見、好き嫌いの判断なので簡単そうですが、そうでもなかったです。まず、家族に伺いをたて時間をかけ丁寧に対応いたしました。(笑)
オフィスですが、オフィスは仕事場ですので「アートを飾る目的」を意識しました。
社外の大切なお客様は無論のこと社員も含めて社内外の全ての利害関係者を称するステークホルダーへの広報が昨今大切にされてきています。そのステークホルダー・リレーション(SR)対策として、当社の存在意義、パーパスを伝えらることが出来る場所が、エントランスや応接室、会議室だと思っています。
オフィスのエントランスや応接、会議室等は訪問客も多く、会社の姿勢をアピールできる恰好の場です。我が社の会議室にはオークションで安く手に入れることが出来たバンクシーが飾られています。私は個人的にはバンクシーがそれほど好きではありません。バンクシーはアートを政治表現に利用している様に見えるからです。アートには善悪や理由ではなく、心を揺さぶるものを求めているからです。ただ、バンクシーはポピュラーであり、採用面談の会話のきっかけになるので飾っています。この話をすると、損得を上手く天秤にかけて、ちゃっかりしていると笑われますが、私のオフィスアートの基本は、「二粒美味しい。」です。一粒目は、会社のブランディングとPR効果。二粒目は、投資側面。両方美味しくないと意味がないと思っています。

会議室内の展示風景。バンクシーの作品。
ステークホルダーに提示するパーパスとしての「推し活」
▷オフィスで作品を展示することの意味について、どのようにお考えですか。
広告の世界では、著名イラストレーターとコラボレーション的なことは良くあります。有名な方ですとそれ相応の費用が掛かりますが、費用以上のPR効果を見込んで依頼するわけです。アートは投資的側面もありますが、投資の目的だけだと、折角のアートが勿体ないですし、ハイリターンも望めないのではと考えます。たとえ、購入したアートの市場価値が多少下がったとしても、PR効果のプラス側面でバランスが取れるかを考慮しています。
ただし、応接室のアートだけで高級外車が買えてしまうので、市場価値が大幅に下がってしまっては日々汗を流して働いてくれている社員に申し訳が立ちません。お洒落なところで働きたいというプラスの側面はあるものの、最終的な損得を見極めないと「社長の趣味」で終わると感じています。ちなみに購入の基準は、全体のコレクション全体像を見ながら、個別作品は価格が下がりにくそうなものを中心に購入をしています。今後、作品の取得価格と現在の評価額を公表することは緊張感もあり、面白いのではないかと思っています。
▷御社では「推し活」をキーワードに、事業活動とアート作品の蒐集や展示を結び付けておられますが、そういったテーマやストーリーは当初からあったのでしょうか。
「推し活」というキーワードまで考えていたわけではありませんが、広告とアートの結びつきは強く、アート作品をオフィスに取り込むことは、会社にとって有益だと思っています。キャスティングを仕事にしており、人に興味があります。結果、意図せずとも人物画を中心に購入していました。ただ、草間彌生さんの作品は外せなかったです。結果、自分の好きなものや偶然の出会いなどを加えていくと計画的というより、紆余曲折がありました。ただ、そんな中でも、コレクションを一つのストーリーとして捉え、文章を書くときの起承転結を考慮しながら購入を調整していきました。
すると、自分のアート購入のコンセプトの輪郭がぼんやりと見えてきました。それをステークホルダー・リレーションの考え方に当ててみると、「推し活」というキーワードが思い浮かんできたというのが正直なところです。最初から、結果のために逆算が出来ていた訳ではありません。
▷展示に対して、どういった反応がありましたか。
反響はとても大きいです。「素敵」「すごい」「儲かってそう」が3大反応でした。その中で、「儲かってそう」はネガティブな意味・揶揄も少しあると思いますが、飛び抜けることを優先しました。また、「推し活」という大義で多少なりともネガティブ面を払拭できているのではないと感じています。
▷ご想定と異なる反応などはありましたか。
第三者の目線は大切です。書家の金澤翔子さんが書き下ろして下さった書、『飛翔』については、世の中の若い才能が世界に羽ばたくことを祈ってエントランスの正面に飾ってありますが、「イースピリットさんが『飛翔』されるんですね」と社是・社訓の様に受け取られてしまったことがありました。それに対しては、誤解がないように主旨を説明するチラシを作りました。このように、様々な受け取られ方があるからこそ、丁寧に真意を伝え続けていくということが、とても大事だと思います。その対象は、社員も含むステークホルダー全員に対して意識しています。

ハビア・カジェハの立体作品。

アート展示の趣旨と背景を説明するチラシ。
▷設置後、作品の展示替えを実施・検討されたりはしていますか。
展示物を入れ替えてはいますが、全体的な模様替えは今のところ考えていません。見ている方を飽きさせないように展示に変化をつける必要性は感じるものの、目的は展示そのものではなく、SR対策です。会社のパーパスは変化しないため、今後の変化は、ネクストブレイクのコレクションの定点観測的が出来るような展示になっていくかと思います。
▷足立社長はオーナー社長ですが、例えば従業員の立場で、アートを取り入れたい企業の担当者に任命された場合、なにを買うか・飾るかなどを決め、会社の資産形成に携わるのはなかなかにハードルが高いと感じられるのではないかと想像します。足立様は、資産としてのアートをどう考えられますか。また、その点でどなたかのアドバイスを得るということもあったのでしょうか。
資産形成という観点で難しさはあると思います。アートは値段も高く、市場価値の変動があります。また、会社で購入される場合は、固定資産になりますので、バランスシートを重たくさせることがあります。
私の場合は、税理士に相談をいたしました。アートに関しての価値は分からないものの、財務的な助言を貰いました。また、SBIアートオークションの林田さんには、アートの市場価値に関しての助言を貰いました。
ご承知の方も多いとは思いますが、税務的に、減価償却が出来ない固定資産となるアートと減価償却が可能なアートがあります。多くの作品は減価償却が出来ない固定資産となるものが多いです。結果、財務諸表的にはリセールをするまでは、定期的な収益を生まない固定資産となるので、財務的に余裕をもって購入をすることが必要だと感じました。その一方で、若手人気作家のユニーク作品は減価償却が可能な価格の作品もありますのでお勧めが出来ます。
資産形成という意味では人気作家の作品が全て上がるというよりは、人気作家の人気のシリーズの価格が上昇する傾向にあると思います。そこを分かる様になるには、まずは好きなものを選んで自分の軸をつくる。そして、自分軸と市場価値(市場軸)のずれを把握すると、その差分を自身の癖と把握すれば客観的な評価ができると思っています。これは、本業のキャスティングで会得した技術なので、応用が利くと感じました。
プリント作品は、価格の上下が激しいと感じています。個人的には、人気アーティストを、エスティメート価格の下限で購入できるタイミングがあれば購入しています。
ポートフォリオは3分割。
オークションに関してはネット参加が断然良いと思っています。下見会は情報収集のために行きますが、オークションは会場には行きません。会場で見ると浮かれますし疲れます。移動しながら見られるスマフォにイヤホンを付けて「ながら視聴」をします。必要だったら音だけ聞いて相場観を掴む方法はありだと思いました。また世界全てのオークション価格を見られる有料アプリがあるので活用をしました。ネクストブレークに関しては、直接購入をトライしました。人気作家の直接購入の方法ですが、開催イベント情報にアンテナを張り、なるべく早く馳せ参じ、譲っていただきました。決して諦めず、欲しいという想いや熱意に尽きると思っていますが、仕事と全く同じだと思うと、苦笑せざるをえません。
結論ですが、アートでの資産形成はかなり難しいと思っています。なぜかというと好きなアートを購入しているので、どうしても保有し続けたくなります。資産形成という意味では、未練を断ち切る力というか、手放せる力が大切だと思います。結局、その力を養うには、売った買ったを繰り返し行って、自分自身をプロ化して慣れるということがポイントではないかと思っていますが、アートを純粋に楽しむことから仕事化しそうで怖いです。
▷展示されている作品が全体として会社のあり方・思想を象徴している点に、オフィスにアートを取り入れることの価値が発揮されているということですね。
私が思うオフィスアートですが、「次世代を応援する企業」というコンセプトであれば、どの企業でも大義に使え、PR効果を狙えると思います。また、資産形成の可能性もある上に、若手育成のメセナとして、「三粒美味しい」素晴らしい企業活動だと思っています。
当社における「推し活」とアートの取組みは、今のところ上手くいっていると思います。会社のパーパスを補完する意味でアートがある。そのブリッジのキーワードが「推し活」です。ストーリーの整合性が取れれば、たとえ市場で評価が確立されていないアーティストの作品でも、コレクションに組み込んでいけると思っています。次世代への投資は、とても大切なことだと思っています。

オフィス内の展示風景。手前に水戸部七絵、奥に友沢こたおの作品。
▷最後に、「推し活」はじめご活動の展開について、足立様の見据えておられるところを教えてください。
今後はやはり若い世代を応援したいです。世の中はどんどん複雑になってきています。その上、温暖化で気候変動も予想されます。とても、予想しにくい自分たちの将来に対して若い世代は困っています。
公衆衛生、医療技術、予防医学等から、人生は100年時代に入ってきました。長いです。余生も長いです。従前よりも現実的で、計画的な人生設計が必要だと感じています。
当社が行っているキャスティングは人を「選ぶ」仕事だと思われがちなのですが、実は、一人一人の良さを見つけることがキーになっている様な気がします。どんな相手でも、まずは相手の話を聞き、相手に寄り添う。キャスティングという仕事で得た副産物は「人を育てる」こと。自分の若い頃苦労していた「どう生きるのか」今風にいうと「人生のキャリアパス」を若い世代と一緒に考えることをライフワークにしたいと思っています。
アートは私にとってかけがえのないものになりました。魂を削って作品づくりをされるアーティストの皆様に心より敬意を表します。そして私をアートという素晴らしい世界に導いてくださったSBIアートオークションの皆様、関係者の皆様に心より感謝いたします。
インタビュイー紹介

足立茂樹氏と金澤翔子《飛翔》。
足立茂樹(あだちしげき)1968年生まれ
高校卒業後、米国へ留学。Portland State Univ.にてビジネス学部マーケティング学科卒業後、博報堂に入社。2000年に株式会社イー・スピリットを創業。米国の体系的なキャスティングシステムを日本に導入し独立系のキャスティング会社として最大手。2024年度に「キャスティングの教科書」広告戦略の本が発売され、紀伊国屋書店のビジネス書で1位を獲得。広告以外では、作家、渡邊淳一氏の広報を長く務めた。www.e-spilit.jp
次世代の才能を世に紹介するキャスティングという事業内容とその精神を、アート作品の蒐集や展示を通じて象徴する「推し活」というユニークなお取組みをされている広告代理店を経営されている株式会社イー・スピリットの代表・足立茂樹氏に、オフィスでの作品展示の経緯や導入方法、大事にされている点についてお伺いしました。

オフィスエントランスの様子。右手壁面に金澤翔子《飛翔》(書)、カウンター上にハビア・カジェハの立体作品、中央奥に草間彌生《南瓜》、左奥に水戸部七絵の絵画が並ぶ。
「大切にしていることは弊社「e-Spirit」の想いが伝わること」
▷アートのコレクションを始められたきっかけを教えてください。
もともと、インテリアデザインがとても好きで、今ではリフォームが趣味といえるくらいになっています。広告も「好き」を形にした形で、新卒で広告代理店に就職をしましたが、独立をしました。創業から25年、また年齢を重ねていく中で「好き」が次第に色褪せていったような気がします。そんな人生の黄昏の中、アートは自分の胸にぽっかりとあいた穴をうまい具合にふさいでくれました。
現代アートとの出会いとコレクションの経緯ですが、きっかけは家族の付き合いで行った百貨店です。草間彌生さんのかぼちゃの赤ラメのプリントが売られていました。赤ラメを眺めているうちに見入ってしまったんです。頭の中で、脳みその襞がウネウネと動くような感覚を生まれて初めて感じました。良くわからないけれど、なんとも気持ちが良かった。これはすごい!いいなと思って値段を聞いたら1,500万円。今まで仕事を一生懸命に頑張ってきたし、自分へのご褒美だ。清水の舞台から飛び降りようとしたその瞬間、百貨店の方から「ポイント沢山つきますよ!ぜひ!」と言われ、「え、そんなにポイント付くんだったら、もっと安く買えるんじゃないか!?」と経営者の経済感覚を取り戻し、他に安く売っている所が無いかを探し始めました。
電話で予約を取り2週間後に生まれた初めてギャラリーという場所に足を踏み入れました。期待と不安が入り混じる初ギャラリーは、なんと中々値段を教えてもらえず、やっと教えてもらえたと思ったら途中で価格を引き上げられるという洗礼に合ってしまいました。次第に疲れてしまい、結局何も買わずに帰ってきました。
それで改めて他ならどこで買えるのかと調べていくうちに、SBIアートオークションに辿り着いたのです。 色々な作品がまるでお菓子のショーケースのように次から次に出てくるのが面白かったです。その当時娘が小さかったので、ロッカクアヤコさんの絵と娘が重なって SBIアートオークションで落札をいたしました。初めて参加したオークションでは興奮をしてしまい、エスティメート価格の上限をはるかに超えてもパドルを上げ続けました。ハンマーオークションの興奮も忘れらず、度々オークションに参加するようになりました。週末に、オンラインでポチポチとオークションに興じることはコロナ禍の気晴らしにもなり、はまっていった感じです。娘が小学生に入る際にロッカクアヤコさんの絵は手放すことになったのですが、思いがけず購入時の金額より高く売れたので、オークションの使い方、売り時みたいなものがあると感じました。

オフィス内の展示風景。ロッカクアヤコの絵画作品。
▷SBIアートオークションが初めてのオークション体験で、そこから、まずは足立様ご自身がアートにはまっていかれたのですね。
ええ。それまでは絵を購入する、ましてやそれが資産になるという考え方は持っていなかったです。もともと、勉強して準備万端で動くというよりは、走りながら考えるタイプなので、とりあえず欲しいものを買っていきました。
▷その後、オフィスでアートを展示されるようになった経緯を教えてください。
コンセプトに沿って一定のボリュームを集めると、意味が出てくることは何となく理解をしていました。オフィスを昨年移転しましたが、緊張感もありつつ居心地の良い空間を目指しました。ちょうど同じ時期、同じ渋谷に「UESHIMA MUSEUM」がOPENされました。レベルは全然違いますが、人物画のプチ美術館を目指したら面白いと思ったのがきっかけです。
▷ちょうどオフィス移転のタイミングと合致して足立様主導で展示が決まったということでしょうか。
そうです。12月に移転先が決まり、翌3月に引っ越しをしました。引っ越した時点では、絵も家具も全部は揃っていなくて、完成までおおよそ半年かかりました。
これまでにオフィスの移転は何度もしているので、テーマを形にすることには慣れていましたが今回は大変でした。私はアートの勉強をしたことがありません。唯一、広告が好きで大学から専攻をしていました。また仕事柄、人酔いをするほど人物のプロフィール資料を見ていたり、タレント人気度の定点観測をしています。
オフィスの空間づくりにアートを取り込むにあたっては、まずはコンセプトワークとコンセプトに合うストーリーを考えました。持っているアート作品を上手くストーリーに取り込めないか検討をいたしました。沖縄を代表する陶芸家・大嶺實清さんが作ってくださった青いシーサーが5年越しにちょうど届いたり、持っていたKYNEさんの作品が2枚ともブルーだったりとタイミング的に青色づいていました。偶然にもコーポレートカラーが青なので、青をベースカラーに、そして青が良く映える白を組み合わせの色にしました。白はアートの背景として便利だったので、壁は白にしました。全面、青のカーペットを敷き詰め白のソファを新調して、青と白を強調しました。
尊敬をしている大嶺實清さん、大好きな沖縄と繋がっていたかったので、カーペットの型を波型にしてエントランスを海に見立てました。沖縄には、“ニライカナイ” という海の向こうにある理想郷の言い伝えがあります。e-Spiritにお立ち寄り頂いた皆様にとって、弊社が“ニライカナイ”への入口であって欲しいという思いを込めました。

KYNEによるポートレート作品。

中央にKYNEのポートレート、ソファ左右に陶芸家・大嶺實清の青いシーサー。
▷オフィスでアートを展示するには、コンセプトやストーリーは勿論、施工・設営に関する技術的な検討・議論も必要だったかと思います。その辺りはどのように進められたのですか。
まず、SBIアートオークションの林田さんに展示の方針などをご相談させていただきました。アート展示施工のプロにもご協力をいただき、展示に関しては1センチ単位で行えたので、素人の私でも問題はありませんでした。
また、オフィスに関しての施工に関しては、かねてから懇意にしていたキッチンのリフォーム会社があったことも大きかったと思います。最初は自宅のキッチンリフォームでお世話になった会社さんなのですが、キッチンの大工仕事は細かく精密で、それ以外のリフォームもどんどん頼んでいきました。切れ目なく様々な発注をさせてもらうことで、細かいことを相談に乗っていただける関係性を作っていきました。
▷コミュニケーションをしっかり取れる業者さんの存在は重要ですね。これまでにご自宅と会社、両方での作品設置のご経験を踏まえて、どのようなことを意識されましたか。
まず、家は会社と違って好きなものだけを飾れば良いですが、家は家で大変です。会社以上に部屋の役割が細かく違いますので、きめ細かさが必要でした。リビングには人物画があっても良いですが、寝室に人物画があると少し落ち着かないので風景画や抽象画を合わせるなどです。家に飾るアートは一見、好き嫌いの判断なので簡単そうですが、そうでもなかったです。まず、家族に伺いをたて時間をかけ丁寧に対応いたしました。(笑)
オフィスですが、オフィスは仕事場ですので「アートを飾る目的」を意識しました。
社外の大切なお客様は無論のこと社員も含めて社内外の全ての利害関係者を称するステークホルダーへの広報が昨今大切にされてきています。そのステークホルダー・リレーション(SR)対策として、当社の存在意義、パーパスを伝えらることが出来る場所が、エントランスや応接室、会議室だと思っています。
オフィスのエントランスや応接、会議室等は訪問客も多く、会社の姿勢をアピールできる恰好の場です。我が社の会議室にはオークションで安く手に入れることが出来たバンクシーが飾られています。私は個人的にはバンクシーがそれほど好きではありません。バンクシーはアートを政治表現に利用している様に見えるからです。アートには善悪や理由ではなく、心を揺さぶるものを求めているからです。ただ、バンクシーはポピュラーであり、採用面談の会話のきっかけになるので飾っています。この話をすると、損得を上手く天秤にかけて、ちゃっかりしていると笑われますが、私のオフィスアートの基本は、「二粒美味しい。」です。一粒目は、会社のブランディングとPR効果。二粒目は、投資側面。両方美味しくないと意味がないと思っています。

会議室内の展示風景。バンクシーの作品。
ステークホルダーに提示するパーパスとしての「推し活」
▷オフィスで作品を展示することの意味について、どのようにお考えですか。
広告の世界では、著名イラストレーターとコラボレーション的なことは良くあります。有名な方ですとそれ相応の費用が掛かりますが、費用以上のPR効果を見込んで依頼するわけです。アートは投資的側面もありますが、投資の目的だけだと、折角のアートが勿体ないですし、ハイリターンも望めないのではと考えます。たとえ、購入したアートの市場価値が多少下がったとしても、PR効果のプラス側面でバランスが取れるかを考慮しています。
ただし、応接室のアートだけで高級外車が買えてしまうので、市場価値が大幅に下がってしまっては日々汗を流して働いてくれている社員に申し訳が立ちません。お洒落なところで働きたいというプラスの側面はあるものの、最終的な損得を見極めないと「社長の趣味」で終わると感じています。ちなみに購入の基準は、全体のコレクション全体像を見ながら、個別作品は価格が下がりにくそうなものを中心に購入をしています。今後、作品の取得価格と現在の評価額を公表することは緊張感もあり、面白いのではないかと思っています。
▷御社では「推し活」をキーワードに、事業活動とアート作品の蒐集や展示を結び付けておられますが、そういったテーマやストーリーは当初からあったのでしょうか。
「推し活」というキーワードまで考えていたわけではありませんが、広告とアートの結びつきは強く、アート作品をオフィスに取り込むことは、会社にとって有益だと思っています。キャスティングを仕事にしており、人に興味があります。結果、意図せずとも人物画を中心に購入していました。ただ、草間彌生さんの作品は外せなかったです。結果、自分の好きなものや偶然の出会いなどを加えていくと計画的というより、紆余曲折がありました。ただ、そんな中でも、コレクションを一つのストーリーとして捉え、文章を書くときの起承転結を考慮しながら購入を調整していきました。
すると、自分のアート購入のコンセプトの輪郭がぼんやりと見えてきました。それをステークホルダー・リレーションの考え方に当ててみると、「推し活」というキーワードが思い浮かんできたというのが正直なところです。最初から、結果のために逆算が出来ていた訳ではありません。
▷展示に対して、どういった反応がありましたか。
反響はとても大きいです。「素敵」「すごい」「儲かってそう」が3大反応でした。その中で、「儲かってそう」はネガティブな意味・揶揄も少しあると思いますが、飛び抜けることを優先しました。また、「推し活」という大義で多少なりともネガティブ面を払拭できているのではないと感じています。
▷ご想定と異なる反応などはありましたか。
第三者の目線は大切です。書家の金澤翔子さんが書き下ろして下さった書、『飛翔』については、世の中の若い才能が世界に羽ばたくことを祈ってエントランスの正面に飾ってありますが、「イースピリットさんが『飛翔』されるんですね」と社是・社訓の様に受け取られてしまったことがありました。それに対しては、誤解がないように主旨を説明するチラシを作りました。このように、様々な受け取られ方があるからこそ、丁寧に真意を伝え続けていくということが、とても大事だと思います。その対象は、社員も含むステークホルダー全員に対して意識しています。

ハビア・カジェハの立体作品。

アート展示の趣旨と背景を説明するチラシ。
▷設置後、作品の展示替えを実施・検討されたりはしていますか。
展示物を入れ替えてはいますが、全体的な模様替えは今のところ考えていません。見ている方を飽きさせないように展示に変化をつける必要性は感じるものの、目的は展示そのものではなく、SR対策です。会社のパーパスは変化しないため、今後の変化は、ネクストブレイクのコレクションの定点観測的が出来るような展示になっていくかと思います。
▷足立社長はオーナー社長ですが、例えば従業員の立場で、アートを取り入れたい企業の担当者に任命された場合、なにを買うか・飾るかなどを決め、会社の資産形成に携わるのはなかなかにハードルが高いと感じられるのではないかと想像します。足立様は、資産としてのアートをどう考えられますか。また、その点でどなたかのアドバイスを得るということもあったのでしょうか。
資産形成という観点で難しさはあると思います。アートは値段も高く、市場価値の変動があります。また、会社で購入される場合は、固定資産になりますので、バランスシートを重たくさせることがあります。
私の場合は、税理士に相談をいたしました。アートに関しての価値は分からないものの、財務的な助言を貰いました。また、SBIアートオークションの林田さんには、アートの市場価値に関しての助言を貰いました。
ご承知の方も多いとは思いますが、税務的に、減価償却が出来ない固定資産となるアートと減価償却が可能なアートがあります。多くの作品は減価償却が出来ない固定資産となるものが多いです。結果、財務諸表的にはリセールをするまでは、定期的な収益を生まない固定資産となるので、財務的に余裕をもって購入をすることが必要だと感じました。その一方で、若手人気作家のユニーク作品は減価償却が可能な価格の作品もありますのでお勧めが出来ます。
資産形成という意味では人気作家の作品が全て上がるというよりは、人気作家の人気のシリーズの価格が上昇する傾向にあると思います。そこを分かる様になるには、まずは好きなものを選んで自分の軸をつくる。そして、自分軸と市場価値(市場軸)のずれを把握すると、その差分を自身の癖と把握すれば客観的な評価ができると思っています。これは、本業のキャスティングで会得した技術なので、応用が利くと感じました。
プリント作品は、価格の上下が激しいと感じています。個人的には、人気アーティストを、エスティメート価格の下限で購入できるタイミングがあれば購入しています。
ポートフォリオは3分割。
オークションに関してはネット参加が断然良いと思っています。下見会は情報収集のために行きますが、オークションは会場には行きません。会場で見ると浮かれますし疲れます。移動しながら見られるスマフォにイヤホンを付けて「ながら視聴」をします。必要だったら音だけ聞いて相場観を掴む方法はありだと思いました。また世界全てのオークション価格を見られる有料アプリがあるので活用をしました。ネクストブレークに関しては、直接購入をトライしました。人気作家の直接購入の方法ですが、開催イベント情報にアンテナを張り、なるべく早く馳せ参じ、譲っていただきました。決して諦めず、欲しいという想いや熱意に尽きると思っていますが、仕事と全く同じだと思うと、苦笑せざるをえません。
結論ですが、アートでの資産形成はかなり難しいと思っています。なぜかというと好きなアートを購入しているので、どうしても保有し続けたくなります。資産形成という意味では、未練を断ち切る力というか、手放せる力が大切だと思います。結局、その力を養うには、売った買ったを繰り返し行って、自分自身をプロ化して慣れるということがポイントではないかと思っていますが、アートを純粋に楽しむことから仕事化しそうで怖いです。
▷展示されている作品が全体として会社のあり方・思想を象徴している点に、オフィスにアートを取り入れることの価値が発揮されているということですね。
私が思うオフィスアートですが、「次世代を応援する企業」というコンセプトであれば、どの企業でも大義に使え、PR効果を狙えると思います。また、資産形成の可能性もある上に、若手育成のメセナとして、「三粒美味しい」素晴らしい企業活動だと思っています。
当社における「推し活」とアートの取組みは、今のところ上手くいっていると思います。会社のパーパスを補完する意味でアートがある。そのブリッジのキーワードが「推し活」です。ストーリーの整合性が取れれば、たとえ市場で評価が確立されていないアーティストの作品でも、コレクションに組み込んでいけると思っています。次世代への投資は、とても大切なことだと思っています。

オフィス内の展示風景。手前に水戸部七絵、奥に友沢こたおの作品。
▷最後に、「推し活」はじめご活動の展開について、足立様の見据えておられるところを教えてください。
今後はやはり若い世代を応援したいです。世の中はどんどん複雑になってきています。その上、温暖化で気候変動も予想されます。とても、予想しにくい自分たちの将来に対して若い世代は困っています。
公衆衛生、医療技術、予防医学等から、人生は100年時代に入ってきました。長いです。余生も長いです。従前よりも現実的で、計画的な人生設計が必要だと感じています。
当社が行っているキャスティングは人を「選ぶ」仕事だと思われがちなのですが、実は、一人一人の良さを見つけることがキーになっている様な気がします。どんな相手でも、まずは相手の話を聞き、相手に寄り添う。キャスティングという仕事で得た副産物は「人を育てる」こと。自分の若い頃苦労していた「どう生きるのか」今風にいうと「人生のキャリアパス」を若い世代と一緒に考えることをライフワークにしたいと思っています。
アートは私にとってかけがえのないものになりました。魂を削って作品づくりをされるアーティストの皆様に心より敬意を表します。そして私をアートという素晴らしい世界に導いてくださったSBIアートオークションの皆様、関係者の皆様に心より感謝いたします。
インタビュイー紹介

足立茂樹氏と金澤翔子《飛翔》。
足立茂樹(あだちしげき)1968年生まれ
高校卒業後、米国へ留学。Portland State Univ.にてビジネス学部マーケティング学科卒業後、博報堂に入社。2000年に株式会社イー・スピリットを創業。米国の体系的なキャスティングシステムを日本に導入し独立系のキャスティング会社として最大手。2024年度に「キャスティングの教科書」広告戦略の本が発売され、紀伊国屋書店のビジネス書で1位を獲得。広告以外では、作家、渡邊淳一氏の広報を長く務めた。www.e-spilit.jp